第1話 『遊戯を継ぐ者』



その日、童実野町にある海馬ランドではエリ−トデュエリストを養成する為の学園、デュエルアカデミアの実技試験が開かれていた。 デュエルアカデミアの試験は筆記と実技に分けられている。
筆記試験で選抜された受験生だけが実技試験に進めるのだ。


その童実野町を足早に歩く1人の少年がいた。
どうやら電車の事故で遅れた受験生のようだ。
眼光鋭く、冷たい雰囲気を持つ少年に人々は自然と道を開ける。
その時、海馬ランドにたどり着くまで止まらないと思われていた少年の足がピタリと止まる。
何かが少年の琴線に触れたのであろうか。
いつの間にか少年の周りには人がいなくなっていた。
少年は前に視線を向ける。
視線の先には、デュエリストの頂点とも言うべき男、初代決闘王武藤遊戯が立っていた。
少年と決闘王との間を戦いの風が音をたてながら舞う。
その風は今にも決闘が始まるかという程の緊張感をはらんでいた。
しかし、決闘王は何を思ったのか、柔らかく微笑むと、少年の近くまで歩み寄ってきた。

「今日はデュエルをしに来たわけじゃない」

そう言うと、腰に着けたデッキホルダーから1枚のカードを取り出し、少年に手渡した。

「これは・・・」

少年の手に渡されたのはハネクリボーという可愛らしいモンスターカードだった。
そのカードを見た少年の無表情な顔が、少しだけだったが変わった。
それはどこか遠い過去を懐かしむような表情だった。

「ラッキーカードだ。コイツが君と君の内にいる存在の所に行きたがっている」

決闘王はカードを手渡すとそのまま立ち去ろうとする。
だが、少年がカードに目を落としたまま決闘王に問い掛ける。

「決闘王よ、お前はどこまで我らの事情を知っているのだ?」

決闘王はその問いに答えず、ただ微笑み立ち去った。
カードから目を離し、去っていくその後ろ姿を少年は見つめた。
追いかけて聞きたいと思いつつも、もはやそんな時間が無いことを承知していたのだ。
自身のデッキホルダーの中にカードをしまい、少年は未練を振り切るようにまた足早に歩き出した。
そして少年は予定より遅く海馬ランド内の敷地にたどり着いた。
目の前にある受付では、もう片付けが始まろうとしていた。 それに少年は眉をひそめる。

「電車の事故で遅れている者がいると知りながら、早々と仕事を終わらせようとは。感心できん」
「「「!!」」」

遅れているにも関わらず走らず歩いていた理由は、駅員にわざわざその連絡をさせたからだったようだ。
驚いて少年を見る受付嬢2人とKCの社員だろう男を、少年は睨みつけた。
3人の大人たちはその瞬間、わけのわからない圧迫感を感じた。気圧されているのだ。
3人は同時に頭を下げ許しを請うた。そうするのが自然に思われたのだ。

「求めているのは謝罪ではない。自身が何をやらなければいけないか、わかっているだろう」
「はっ、はい!試験番号と貴方様の名をお教えくださいっ」
「試験番号110、遊城十代」

受付を済まし、実技試験は1番が受け終わってから、と説明を受けた『十代』は試験会場の中へと入る。
通路をくぐり抜け、歓声が沸き起こるデュエル・フィールドに『十代』は目をやった。
そこでは白い制服を着た少年がガチガチに防御されたデッキを使う試験官と戦っていた。


少年のLP3200。試験官のLP1900。
少年の場には1枚の伏せカードと攻撃力1900のブラッドボルス。
試験官の場には守備力2600のビック・シールド・ガードナーと守備力2200の機動砦のギア・ゴーレムがいた。

「いかに優秀な君でもこの超守備デッキの前には私のライフポイントをこれ以上削ることはできない」

その試験官の自信に満ちた言葉が終わった瞬間、少年は伏せカードを発動した。

(トラップ)カード、破壊輪!発動!」
「んなっ!?」
「このカードはフィールド場の表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける」

ブラッドボルスの首に破壊輪が取り付けられ爆発する。
試験官のLPが無くなった証のブザーが鳴った。

「試験デュエル終了。おめでとう。キミの勝利だ」
「ありがとうございました」

そのデュエルを見ていた取巻という名の生徒が自身の右に座っていた特徴的な髪型をした生徒に話しかける。

「受験番号1番の三沢大地はなかなかやりますね」
「噂を聞いてわざわざ見に来た甲斐がありましたね、万丈目さん」

同じように慕谷という名の生徒も話しかけた。
万丈目と呼ばれた生徒は、たいしたことではないとでも言いたげにツンと上を向く。
その瞬間、慕谷は万丈目の自慢話が始まると気付き、口の端が引きつった。

「ナンセンス・・・。所詮入試デュエルなど、レベルを低く設定されているモノ・・・。学園から出てきて 損したぜ。ONLY ONE。デュエルアカデミアに二人のキングはいらない」


合否を決めていた教員たちは三沢のデュエルを見て満足そうに頷いていた。

「三沢君は審議の必要も無い。決まりだな」
「うん。彼で最後か・・・」

その言葉を聞き目立つ風体をした教師が立ち上がりかける。
クロノス・デ・メディチという知る人ぞ知るデュエリストだ。
しかしそこに受付にいたKC社員が近付く。

「すみません」
「ん?」
「もう1人、受付時刻ギリギリにやってきた受験生がいて・・・」
「筆記試験順位は?」
「受験番号110です」
「ギリギリにやってくるなんて、まず心がけがなっていなーいネ。ドロップアウトボーイは我が学園には 必要ないーノネ!」

その残酷な言葉に周りにいた教員達がかばう発言をする。

「しかし、一応間に合ったわけですし、受験資格はあるかと・・・」
「理由も電車の事故ですし」
「まずいでしょう。受けさせないと言うのは」

その言葉にクロノスは苛立ち、手をバッと広げる。

「ノンプロブレーマ!レンマ!ノン!ノン!ノン!」

その瞬間クロノスの逆上を冷ますかのように電話が鳴り出した。
クロノスはズボンから電話を取り出し出る。

「スコーシ。どちら様?オ!校長先生」
「電車の事故で受験にギリギリ間に合った受験生がいるらしいですねぇ?」
「え?」
「筆記試験が悪くともチャンスを奪うことがないように。我が校の目的は広く様々な才能を集め、健全なデュエリストを育成することですからね」

電話が切られクロノスは悔しそうに呟く。

「地獄耳ーネ・・・。狸親父ーノ・・・」
(デュエルアカデミアはデュエルエリートの為ーの学園。ヘルケ!鮫島校長は何であんなドロップアウトボーイに肩入れするーノ!)

気に入らないクロノスは自らの手で遅れた受験生を不合格にしようと決めた。

「ワタクシがその受験生とデュエルしマース!」

そう言い放つとクロノスは歩き出す。

「おっ、お待ちください!クロノス教諭、この試験用デッキをお持ちください」

そのデッキをチラリと見たクロノスは不快気に鼻を鳴らす。

「そんなモノは必要ありまセーン!自分のデッキを使うーノです」

そしてフィールドへと向かうクロノス。実技担当最高責任者のクロノスの決定には他の教員は強くいえないのだ。


試験を終え、三沢が客席へと帰ってきた。
自分の席に座ろうとした時、彼は自分を見つめる金の瞳の少女に気が付いた。
並のデュエリストにはない覇気が少女の全身を包んでいるのを彼は気付いた。

「・・・何かな?」
「面白みの無いデュエルをする男だと思ってな」

三沢はその言葉に苦笑いを浮かべた。それが自分でもわかっているのだろう。
計算でデュエルするおかげで勝利は得られるが、興奮するような熱い戦いができてないことに。
三沢はそれに対し何か言おうとしたが、少女の横にいた背の低い少年が少女に話しかけたため、断念した。

「何言ってるんスか。試験番号一番、つまり筆記試験一番の三沢君だよ?すごいコンボだったじゃないっスか」

『十代』は話しかけてきた背の低い少年を横目で見たが、興味を持てなかったのかまた視線を元に戻した。
背の低い少年は、話しかけた少年が金という異様な眼を持つことに気付き、ヒッと息を呑んだが、話相手を求めていたのか、意を決してもう一度話しかけてきた。

「ボ、ボク、なんとかデュエルには勝てたけど、試験番号119だし、デュエルの内容もいまいちだし、合格できるかな・・・?」

気弱にボソボソと下を向いて話す背の低い少年に、『十代』は返事を返した。

「お前は真剣にデュエルし勝利を勝ち取ったのだろう?ならば問題ない」
「えっ?」
「終わったことを気に病むな。結果をただ待てばいい」

颯爽と立つ少年を見て、背の低い少年はこの人は一体何者なんだろうと思った。
同じ歳か2、3歳上のようには見えるし、制服のようなのも着ている。だが、雰囲気が少年らしくない。
自分が歳のわりに幼いからそう見えるのかもしれない。

「貴方は受験生なの?」
「そうだ」
「えっと・・・、試験番号は・・・?」
「110番だ」

その番号の低さに三沢と背の低い少年は驚く。

「え!?110?100番台のデュエルは1組目でとっくに終わってるよ」
「知っている」

本当にこの人は試験番号110なのだろうか?
自分よりも遥かに頭が良さそうに見える。もしかして自分は人を見る目がないのだろうかと背の低い少年は少し落ち込んだ。
その時、呼び出しの放送が聴こえてきた。

『受験番号110、遊城十代くん・・・』

『十代』はそれを聴き、下に下りようとするが、三沢に呼び止められる。

「君」
「・・・」
「君は・・・本当に『110番』なのかい?」

その問い掛けにはいろんな意味が込められていた。
だが『十代』はその問い掛けを無視し、答えないまま下に下りていった。
背の低い少年はその後ろ姿を眺めて、ため息をついた。

「ボクより筆記試験の順位が9番いいだけでなんであんなに堂々としていられるんだろう?うらやましい・・・」