レッド寮の朝ご飯は生徒たちが作る事に決まっている。
本来ならば寮のおばちゃん、おじちゃん、もしくはコックが作ってくれるのだが、そんな贅沢は他の寮だけ。
ここでの食事は主に大徳寺が担当している。
しかし彼は寮長であると同時に教職員でもある。
緊急の会議や用事があって朝早くから出ていかなければならない時があるのだ。
そんな時にいつも彼に頼りきりではご飯が作れない。
なので料理の腕を強制的に上げるという名目でこの制度が作られたのだ。
「はぁ〜・・・。包丁を持った事すらないボクが皆のご飯を作るなんて出来っこないよ・・・」
まな板に置かれた包丁を見つめぼやく翔。
ギラリと光るそれは誤ったら確実に翔の手を傷付けるだろう。
怖くて切るどころか握る事もさっきから出来ないでいる。
今回初めて食事当番に選ばれた翔だったが、この当番制度は寮の一室ごとなので一人でやる訳じゃない。
だが、隼人は部屋に引き篭もり出てこないし、頼みの覇王は朝に目覚めたら寮からいなくなっていた。
それでも仕方なしに一人っきりでも作ってみようと台所にいる翔は偉い。
作れなかったらそれを褒めてくれる人はいないが。
「ううぅ〜・・・ッ。ご飯と梅干だけじゃ、皆怒るよね・・・。このままじゃ飢えた皆に八つ裂きにされちゃうよ・・・」
恐ろしい未来を想像して震える翔。
そんな翔を追い詰めるように食堂のドアが開かれる音が鳴った。
緊張して朝早くから起きて台所にいたので、まだ皆が起きてくるには早い時間のはず・・・。
翔は咄嗟に壁の古びたアナログ時計を見てから、まさか早起きの生徒がご飯を催促に来たのかと恐る恐る顔を覗かせる。
「あっ・・・覇王・・・」
生徒は生徒だが、翔の頼みの綱の覇王がドアの所に立っており、翔は安堵に顔を緩ませた。
パタパタと足音を立てながら覇王に近付いた翔は首を傾げる。
「あれ?覇王の持ってるその釣り道具・・・どこにあったんスか?」
「大徳寺の部屋にあった。古びていたが充分使えた」
「使えたって・・・もしかして魚釣って来たんスか!?釣り出来るなんてすごいっスね!」
「・・・昔、培ったものだ。さぁ、運べ」
「えぇええっ!?」
提げていたBOXを翔に渡すと覇王は台所に向かう。
翔は渡されたBOXのあまりの重さ、ビチビチと跳ねる魚の活きの良さをダイレクトに受け取ってしまい、悲鳴を上げた。
そして翔は辛うじて取り落とさずに済んだ事に息を吐きつつ、ヨタヨタと覚束ない足取りで覇王の後を追う。
「は・・・覇王・・・ッ、いきなりなんてキツイっス・・・!」
「グダグダ言うな。さっさと持って来い」
「言葉もキツイっス・・・」
翔が台所の床にBOXを置くと覇王は早速一匹手に取り、息の根を止めると包丁で鱗を剥がし始めた。
包丁を扱う慣れた手つきに翔は目を丸くする。
「料理よくするんスか?」
「・・・」
「そういう事してると覇王も女の子って感じするっスね〜」
翔がその一言を言った瞬間――――
ズバンッッッ!!
――――魚の頭がぶった切られた。
「・・・オレは女ではない・・・!!」
「あ・・・あ・・・」
魚を切った包丁がまな板をもぶった切っている事態に翔は顔を白くさせている。
「二度目は許さん・・・。覚えておけ」
金の瞳が翔を刺すように睨んだ。
翔は勢いよく何度も頷く。
その必死な様子を見て、覇王は小さく息を吐き、怒りを治めた。
そして覇王はもう翔に目を向けず、料理に戻った。
翔はというと、しばらくオドオドと覇王の様子を窺った後、いらないであろう魚の骨や鱗を捨てたり皿を出したりと補助に回った。
覇王はさばき終わった魚・・・ブリの切り身を翔に用意させた調味料に漬け込ませる。
味が染みるのに30分以上時間が必要なので、覇王は次の料理の準備に取り掛かった。
鍋にごぼうをそえ切りにし、鍋に入れてあく抜きを開始。
その間に大根、人参をいちょう切りしていく。
あく抜きをし終わったごぼうと同じ鍋に大根、人参を入れ、一煮立ちさせる。
一煮立ちするまでの間に、フライパンへと漬け込んだブリの切り身と、漬けた汁を入れ、蓋をして蒸し焼きにする準備を覇王は整えた。
フライパンにブリがくっつかないように何度かひっくり返す事と翔に指示を出した後、一煮立ちさせた鍋に鮭のあらを入れてあくをすくいながら、充分に煮始めた。
次にカサゴの鱗を綺麗に掃除し、内臓を取り除き、水気を取った後、下味を覇王はつけていく。
その間に翔が揚げ物の用の油を用意し、覇王の指示の元、油の温度を低温(130〜150℃くらい)に維持する。
覇王はカサゴに片栗粉をまぶした後、油に入れ、大根が煮えてきたので、みそを溶いて調味して、えのき、豆腐と斜め切りをしたねぎを入れて、火が通ったら止めるように翔に指示を出した。
最後に160〜170℃でカラッと揚げ、全ての料理が完成した。
カサゴの唐揚げ、ブリの照り焼き、鮭のあら汁。あとは炊き上がったご飯。
翔が目をキラキラさせ尊敬の眼で見つめる中、覇王は出来あがった料理を皿に盛り付け出した。
「・・・これで充分だろう」
「す、すごいっス・・・!こんな御馳走久しぶりっス!!あ、よだれが・・・」
だらっと思わず垂れたよだれを拭きながら言う翔。
美味しい匂いにやられてお腹はグ〜ッと音を鳴らしている。
そんな翔を横目に見ながら覇王は換気扇を止め、使い終わった包丁などの道具を洗い出した。
覇王が片付けに入り出したのを見て、翔は料理に釘付けだった目を慌てて逸らし、共に洗い出す。
沈黙の時間が経ち、水の音しか聞こえなくなった頃、翔は口を開いた。
「あの・・・覇王」
「・・・」
「さっきはごめんなさいっス・・・。嫌な事言っちゃって・・・」
「・・・・・・お前は、最近十代が女である事を知ったんだろう」
「う、うん」
「だからオレの事も女だと思った。違うか?」
「違わないっス・・・」
「その認識は変える事だ。この体は十代のモノであって、オレの体ではない。我が精神は男という事を忘れるな」
「き、肝に銘じるっス!」
その後、レッド生たちが起き出し、感激の渦が巻き起こった。
御馳走に舌鼓を打ち、喜ぶ皆。
皆に感謝されてもいつも通り無表情の覇王を見て、翔は思った・・・。
覇王を決して女扱いしてはいけないという事を・・・。
翔はそれを心に刻み、あら汁を啜ったのだった。