夕日に照らされたレッド寮の自室で、俺−万丈目準−はキングサイズのベッドに山と積まれたチョコを眺めて唸っていた。 今日はバレンタインデー・・・というわけで、中学の時と同じように俺は学園で女子たちに囲まれチョコを受け取った。 オシリス・レッドに堕ちたせいか、もらう数は減ったがそんなことはどうでもいい。
では何故俺はチョコを見て唸っているかだと?
嫌いだからではない。
明らかに1人で消費できなさそうだからというわけでもない。
この中に自分が一番欲しいと思っている相手からのチョコがないことに俺は唸っているのだ。
おのれバレンタインデー・・・!これ程までに俺を悩ませるとは。
今までの俺であれば、チョコをもらって初めて今日はバレンタインデーかとわかる程全く気にもしない日だったはずなのに!
十代・・・。
やはりお前は俺のことをそういう風に見ていないのか?
俺だけなのか?お前をこんなにも好きなのは・・・。


俺と十代は付き合っている。
付き合いだしたのはノース校からアカデミアに戻って来てからだ。
今になってもこの心境の変化には戸惑う。
・・・最初の頃、俺にとって十代は生意気なレッドの落ちこぼれで、ハッキリ言ってどうでもよかった。
だがデュエルに負けてプライドをズタボロにされてからは嫌でも意識してしまうようになった。
絶対的なデュエルに対する自信が崩され、自分の居場所がなくなっていくあの時の恐怖は今でも覚えている。
周りにいる奴らが俺の中身ではなく、家の権力とデュエルの強さだけに惹かれているのはわかっていたはずなのに、手の平を返したかのような態度の変化に俺は傷付いた。
不安定な関係を改善せず媚びる奴らに征服欲を満たしていた結果そうなったのに、その時の俺はこんなにも苦しい想いをしているのは全て十代のせいだと決め付け、憎んだ。
憎しみのあまり、眠れない日もあった。
船でアカデミアを出た時も、俺の胸には十代に対する憎しみしかなかった。
だが家柄やつまらないプライドを捨てて生身の万丈目準としてノース校で一からやり直した時、憎しみは自ずと消えていった。
その代わり俺の中に出来たのは、十代に会いたいという想いだった。
その時はただ、どれだけ成長したのかを見せ付けて十代を慄かせるかとしか考えていなかったのだが、今思えば、もう俺は十代にどっぷり嵌っていたな。
勝ちたいという想いがあったが、それ以上に俺という存在をもっと十代に意識付けたかった。
俺が寝ても覚めても十代のことを考えていた時のように、俺のことで十代を一杯にしてやりたかった。
それに気付いたのはまた十代に負けた時だった。
最初は恋愛感情だとは思わなかった。
何しろ俺は天上院くんのことが中学生の時から好きだったからな。
艶やかな花のように美しく女らしい天上院くんと粗野で女らしさの欠片も見当たらない十代。
どちらが好みかと聞かれればもちろん天上院くんだと俺は答えるだろう。
それなのに俺は天上院くんが側にいる時よりも、十代が側にいる時の方が胸が騒ぎ高鳴った。
十代が笑うと嬉しくなり、十代が悲しむと俺まで悲しくなる。
友情という言葉では片付けられない、これは恋情だと気付いた俺は恥も外聞もかなぐり捨てて告白した。
ま、まあ人目に付かない所でだが・・・。

『じゅ、十代!す、すき、好きだっ!おおお俺とっ、付き合え!』
『おう!いいぜ!』

噛みながらのセリフは仕方のないことだが、この十代の返事は軽過ぎではないだろうか?
デュエルに誘う時と同じような返事の返し方に俺が脱力したのは言うまでもないな。
・・・それから付き合いだしたのだが、未だに付き合う前と何も変わらない。
キスはおろか、手を繋ぐことすら出来ていない。
努力は、した。
だが十代のスルースキルがあまりにも高性能で何も出来ない。
それから幾日か過ぎた頃、俺はもしかして好きだと思っているのは自分だけでは・・・と思いだした。
考えてみれば十代から好きだと言われたことがない。
それに気付いた俺は焦った。
勘違いならいい。気のせいであってもいい。
しかし本当だったら?
俺はそれを聞くのが怖くて今まで何も聞かなかったのだが・・・恐れていた日がやってきた。

『バレンタインデー』

好きな男にチョコを送る日だ。
気付く前の俺であればこんな不安は抱かず期待しながら待っていただろう日で、気付いた今の俺にとっては最も回避したかった日だ。
本当に十代が俺を想っているならばくれるだろうが、もし想っていなかったら?
くれない・・・だろう。
そして今、授業が終わり、寮に帰宅したが未だに十代は俺に渡してくれない。
ハッキリとわかってしまった・・・。

「やはり十代は・・・俺のことが好きではなイッッ!!??」

チョコの山を見て呟いた瞬間、ドアが俺の頭に落ちてきた。
落ちてきた衝撃でチョコの山にダイブしてしまい、顔が痛い。もちろん頭も痛い。
俺は悪態を吐きながらドアを脇へ押しやり玄関を見る。
そこには足を振り上げたままキョトンとした顔でこちらを見る十代がいた。

「万丈目・・・、そんなとこ突っ立ってたら危ねぇぞ?」
「外開きのドアの内側に立っていて危ないと思う奴がどこにいる!?だいたい何故普通に開けれんのだ、十代!」
「いやぁ、普通に開けようかなと思ったんだけどさ、ブチ破った方が驚くかなと思って」
「驚かせんでいいっ!」

十代は俺の怒鳴り声に笑いながら部屋に入る為に靴を脱ぐ。
その後、俺が脇へ寄せたドアを玄関に立て掛けたのだが、あれは反省してやっているわけではなく、ただ単に邪魔だったからに違いない。
反省する十代なんて十代じゃないと俺は思う。
だからって反省して欲しくないわけではないんだが・・・。

「なーに難しい顔してんだ?万丈目?」
「グハァッ!・・・って十代!圧し掛かるな!背中が痛いっ!」
「背中ー?」

考え込んでいる隙に十代がじゃれて来てベッドに倒れたのだが、ベッドの上には先程のダイブのせいで散らばってしまったがチョコがまだあり、背中に食い込んでいるのだ。
チョコで身も心も傷付いているな・・・今日の俺。
とりあえず十代を退かそうと十代の腕に手を掛けたのだが、逆に十代にその手を取られベッドの端まで放り投げられた。

「相変わらず軽いなー万丈目。体重何`?」
「う・・・うるさい!お前よりはあるわっ!」

いくら男に見えるからと言っても十代は女。
その女に軽々と投げられたら男の矜持が傷付く・・・。
無性に泣きたくなった俺はベッドに突っ伏した。
そんな俺に十代が近付く。

「万丈目ってモテたんだな」
「あ?」
「だってチョコ沢山」

その声はどこか硬かった。
不思議に思い、目線を上に上げると十代が冷たい目で俺を見ていた。

「律儀に全部受け取ったんだろ?笑顔で?それとも照れながら?」
「十・・・代?」

十代が俺の襟首を掴んで壁に押し付けた。
苦しくはないし痛くもないが、この状況に俺は戸惑う。
十代は怒っているのか?何故だ?

「ムカつく・・・。オレがこのチョコに嫉妬しないとでも思ってんのか?万丈目はオレのチョコだけ受け取っていればいいんだよ」

嫉妬?
嫉妬って・・・それは・・・つまり・・・。

「お前の拙いアタックをわざとスルーして落ち込むトコ見るの好きだったんだけど、そんなことやっていたら誰かにお前を取られちまうよな・・・。ふて腐れたお前の顔が見れなくなるのは少し勿体無いけど、仕方ない」

十代はそう言うと俺の唇に自身のを押し当てた。
こっこれは、キス!?
って、うわ!?し、舌まで入って来た!!
どんだけぇぇぇぇーっっ!!?
気付いた時にはもう遅い。
俺は十代の舌に翻弄され、息も絶え絶えになった。
押し退けようとしたが力が抜け、十代の服を掴むことしか出来ない。

「万丈目・・・その顔エロい。もっとイジメたくなる・・・」
「ちょ、おま、そんなキャラじゃないだろ!エロいってなんだ!?イジメたくなるってなんだ!?」

十代は唇を離した途端、そんなことを言い出した。
その表情はとても色っぽく、いつもの十代ではなかった。
こいつは本当に十代か!?
疑う俺に十代は妖しく微笑む。

「万丈目、これが本当のオレ。ビックリしただろ?まあ、こんなに早く素のオレを見せる予定はなかったんだけどな」
「な、な、何故見せる気になったんだ?」

十代の視線がまるで肉食獣のように見えて、俺は喰われる前のウサギの気分になった。
怯えてどうする俺!?

「万丈目のことが好きだから余裕がなくなった。まさかライバルが多いなんて思っていなかったからさ、予想外の事態に焦っちまって・・・」
「十代・・・お前、俺のことちゃんと好きだったんだな・・・」

呆けたように呟くと十代が俺の頬を抓った。

「痛っ!」
「スルーし過ぎたから疑ってたんだ?やった俺が悪いんだろうけど、疑うなよなー。好きじゃなかったら付き合わないっつーの。ていうか初めて会った瞬間から惚れてました」
「えぇ!?」
「すっげーイジメがいのありそうな奴だなぁと思って」
「おいおい!」

思わずつっこむと十代はニヤッと笑った。
その悪気のない笑顔に俺はため息を吐く。
まさか十代がこんな奴だったとは・・・。

「ドSキャラとは聞いていない・・・」
「違います。オレはドSではありません。ただのSだ!」
「どっちも大して変わらんわっ!」
「で、どうなんだよ?素のオレを見て嫌いになった?」

そう聞く十代は飄々としていて何の構えもないように見えたが、どこか恐れているように感じた。
俺と同じ・・・。
十代に俺のことが好きかなのどうか聞くのが怖くて躊躇っていた俺と同じだ・・・。
俺と同じ想いを十代も体感していたのか。
それがわかった途端、目の前にいる十代がとても愛しくなった。
ドSの十代は正直苦手だが、嫌いではない。
それにこの程度で俺の想いが揺るぐわけない。

「馬鹿が・・・。俺がお前を嫌うなどありえん」
「万丈目、お前」
「ふん!ドSなお前ごと俺の広い愛で包み込んでくれるわ!」
「・・・万丈目のそーいうトコ好きだなぁ、オレ」

安心したのか十代はそう言うとギュッと抱き付いてきた。
しかしキスやら愛の告白やらで羞恥心が頂点に達していた俺にとっては、その行為すら恥ずかしい。
しかも今思い出したが、ここはベッドの上。
ベッドの上で好きな女と抱き合っているこの状況は、どう見てもかなりマズい。
据え膳?いやNO、NO!
きっとこれはアタフタする俺が見たくてやっているに違いない!
し、しし、しかも!

「十代っ!胸が!あた、当たって・・・!」
「んー?何?ちゃんと言わないとわかんねぇぞ?」

十代はニヤニヤと笑いながら言う。
絶対これはわかってやっている!!
あまりの恥ずかしさに俺は意識を手放した。情けないとか言わないでくれ・・・。
バレンタインデーとはこんな恥ずかしい日だったのか!?
と、俺は沈み行く思考の中でそう叫んだのだった・・・。