「あっ、ヨハン。ここの問題教えて欲しいんだけど・・・」
「ああ、いいぜ」
「ヨハン君あのね、今日の調理実習でクッキー作ったの。良かったらあげる!」
「わぁ!ありがとう!大事に食べるよ」

休み時間の教室。

周りに人の輪を作っている人気者、ヨハン・アンデルセン、高1。
今日もアイツは周りの人間に愛想を振り撒いている。
ヨハンは整ったルックスに程良く鍛えられた肉体を持つ、まるで物語の王子様みたいなヤツ。
しかもヨハンはダメ押しのように頭が良く、人当たりの良い優しい性格の優等生だ。
これで好きにならない奴はいない。
女子はアイツに惚れ、男子は憧れる。
教師もヨハンを信頼し頼りにしている。
この高校に入学してから毎日アイツは人に囲まれて賑やかだ。
周りの人間は熱に浮かされたようにヨハンを慕っている。
オレはそれを分厚いレンズを通して半眼で見ていた。


皆、騙されてる。
ヨハンの演技に騙されている。
何で気が付かないんだろう。
アイツの本性はきっとオレだけしか知らない。


ああ、そうそう。オレの名前は遊城十代。
ヨハンの幼馴染だ。
ちなみにオレの外見は爽やかなヨハンとは対照的に鬱々としている。
もっさりとしたハネ髪に顔の半分を隠す分厚い眼鏡。
女子全員が短くする制服のスカートを膝下まで下ろす真面目な格好。
しかも無愛想で無気力ときたもんだからまったくもって好かれていない。
な?対照的だろ?
まあ、好きでこんな格好してる訳じゃないんだけどな・・・。
その理由を説明するにはここは居心地が悪すぎる。
とにかく教室から出るか。

ガタッと音を鳴らしてオレは席を立ち、この敵地から脱出しようとした。
だが目聡いアイツがオレをすんなり教室から出す訳がない。

「あれっ?十代どこに行くんだ?」

その言葉に教室にいた人間全員が一斉にオレを見た。
皆が皆、オレを嫉妬や嫌悪の目線で見てくる。

「・・・どこだって良いだろ」

オレのこの素っ気ない返事に怒りの感情が皆の表情にサッと表れた。
だから何か言われる前にさっさと外に出てドアを閉める。
だけど教室の中の声は閉めても聞こえてきた。

『ヨハン君が気に掛けてくれてるのに何アレ!?何様って感じ〜っ!』
『十代はいつもああだからさ、気にしてないよ』
『幼馴染だから何しても許してくれると思ってんじゃねぇの?あんな陰気な眼鏡とはもう縁切った方がいいぜ、ヨハン』
『でも大切なんだ。だからオレはこれからも十代に声を掛けるよ』

オレはその罵倒の声を背に歩き出す。

人気者のヨハンがいつも気に掛けている存在。それがオレ。
だから皆オレの事を邪魔で鬱陶しいと思ってる。
そういう訳でヨハンがオレを庇えば庇うほど皆は不満が溜まってオレを嫌いになるのさ。
・・・無限ループって怖くね?
しかもそのループをわざとヨハンは起こしてるんだぜ?
ホント困った奴・・・。
そう思いながらもオレはヨハンを嫌いになれないんだけどな。
だってそれが・・・ヨハンの愛し方だから。
ヨハンとオレは幼馴染って言ったけど、実は恋人同士でもあるんだ。
お互いすっげー愛し合ってる。
別に秘密にゃーしてないけど皆知らない。
親は知ってるっぽいけど。
で、何でその”愛する恋人”を皆から嫌われるようにしてるかと言うと、単純明快、独占欲がバリバリに強いから。

『オレ以外の奴が十代に好意持ってるって考えただけで・・・嫉妬で狂いそう。十代を好きになっていいのはオレだけだ』

ヨハンはオレが嫌われるように、好意を持たれないように皆の前で猫を被り、オレに対しては陰気で真面目そうな姿に見えるように強制している。
おかげでオレは生まれてから16年間友達なんて出来た事がない。
ヨハンを愛してるから従ってるけど・・・、本当は友達が欲しい。
隠れて作ろうとしたこともあったけどヨハンの妨害工作で邪魔されて出来なかった。
そういう事が積み重なった結果、オレは友達を作ろうなんて気がなくなってしまい無気力になった。

ヨハンの愛は重い。

最初はその愛に押し潰されるかと思った。
怖くなって嫌いになったりもした。
でも結局その重い愛に応えるように愛してしまった。

「十代」

後ろからオレを呼ぶ声が聞こえた。
でもオレは背後を振り返らず立ち止まらない。

「何だよ、拗ねてんのか?十代」

無視するオレをヨハンはグイッと引っ張って抱き込んできた。


・・・こんなとこ見られたらイジメ増えるだろ、バカ。


幸いな事にもうすぐ次の授業が始まる為か今いる廊下に人の姿は見えなかった。

「勉強教えなくていいのかよ?」

優等生らしくない行動してもいいのか?と含みを持たせて聞いてみる。
その質問にヨハンは嗤った。

「体調悪いから保健室行くって言って断った。アイツら馬鹿だからすぐ騙せるぜ」

この悪い顔、コイツの信奉者たちに見せてやりてぇ・・・。

「酷い男・・・」
「ククッ!そう、オレは酷い男だ!でもそんな最低なオレを十代は愛してる。だろ?」

そう言ってオレが掛けていた眼鏡を外してヨハンはキスしてくる。
何度も何度も角度を変えたりして唇から離れない。
この情熱的なキスにオレは弱い。
怒りや不満がグズグズに溶けてしまうんだ。
いつもこれで絆されて機嫌が直ってしまうんだからオレもバカだよな・・・。

「オレはヨハンみたいに心が強くないからイヤミ言われたら傷付くんだぞ」
「ああ」
「でもヨハンが好かれて欲しくないって言うから・・・ヨハンを愛してるから耐えてるんだぞ!」
「ああ」
「だからちゃんと・・・!感謝して慰めろっ!!」

ギューッとヨハンの体を抱き締めてオレの気持ちをぶつけた。
そんなオレをヨハンは愛しそうに見つめて頭を撫でる。
あーダメだ。ホント、ヨハンにオレ弱過ぎる
ヨハンの制服に赤くなった顔を隠すように押し付けた時、予鈴が鳴る音が聞こえた。

「オレ、戻らないと」
「なぁ、このままサボっちまおーぜ、十代」
「はぁ?・・・まぁ、いいけどさ」

どうせサボったって心配するような奴なんていないし。
それに今頃教室の話題はヨハンの体調の心配で大盛り上がりだろう。
後で保健室にいないのがバレたらどうするんだろうか・・・。
いや、きっと舌先三寸で騙すに違いない。
オレにはその光景が見える。
呆れた顔をするオレにヨハンはニッと笑って腰に回した手を撫でるように動かしてきた。

「ちょ!?ここ廊下だぜ!?」
「あー違う違う。クッキー持ってないかなと思って。今日調理実習で作ったんだろ?」

ヨハンはそう言うとスカートに入れたままにしていたクッキーを見つけて奪い取り食べ始める。
勘違いかよっ!?恥ずかし・・・!

「・・・さっきクラスの女子に貰ってなかったっけ」
「あんなもん食べる気がしねぇ。後で見つからないように捨てとくさ」
「サイテーだぞ、お前・・・」
「ふーん?じゃあいいのかよ?オレが他の女から貰ったのを口にして」
「・・・嫌に決まってるだろ」

正直なオレの返事にヨハンは勝ち誇ったかのように笑う。
ムカつく!
そんなオレを宥める為かヨハンはオレの口にクッキーを押し込んだ。
甘い味に思わず顔がほころんでしまうのが自分でも分かった。

「かわいー十代」
「うっさい」

一睨みして口の中のクッキーを飲み込む。
・・・内心、ヨハンがクッキーを奪い取ってくれて良かったと思ってるんだ。
でなきゃ隠れて自分で消費してた。
口に出して感謝なんてしないけど・・・ありがとうな、ヨハン。
傲慢なとこにムカつく時もあるけど愛してるよ。

「オレも愛してる」
「!・・・口に出してたか?」
「いや。十代の心の声が聞こえたから」
「う、嘘だろ!?」
「さあ?どうだかな」

クックックと肩を揺らして笑うヨハン。
本当に心を読んだのだろうか?
例え嘘だとしても思っていた事が当たったのは事実だ。
何だか恥ずかしくなってきた・・・!

「屋上行くぞ!屋上!」
「何だよ、急に。もしかして恥ず」
「あああもう!先行くからな!」

後ろから十代と呼ぶ声が聞こえたけど無視だ、無視!
恥ずかしさを隠すためにオレは走り出した。
でもすぐにヨハンは追い掛けて来るだろう。
追い付かれるまでに早くこの気持ちを落ち着かせないとまたからかわれてしまう。
でも・・・ヨハンにからかわれるの、実はそんなに嫌じゃないんだけどな。
それはオレの秘密だ。
内緒だぜ?