ブルー寮の自室で俺は部屋の明かりを消し、机の上に置かれたライトスタンドのぼんやりとした光の中で本を読んでいた。 いつもだったら寝ている時間だったが、今日は何故かなかなか寝付けなかった。
本を1ページめくり、ふと窓に目を向ける。
窓の外では雪がチラチラと降っていて、とても寒そうだった。
そう言えば十代が今日の夜はきっと大雪だと言っていた・・・。
明日積もったら雪だるま作ろうぜと約束してきた彼女の無邪気な笑顔を思い出し、俺はクスクスと笑った。
今の自分の顔を見たら吹雪はどう思うだろうか。
茶化すかも知れない。
だが・・・かまわなかった。
むしろいかに自分が彼女に惚れ込んでいるのかを見せ付けてやりたかった。
十代のクルクルと変わる豊かな表情。
真っ直ぐに前を見つめる視線。
取りとめも無いことを楽しそうに話す口。
十代を構成する全てが愛しい。
愛している。
十代のことを想い浮かべるたびに、いつもそう思う。
しかし、十代と恋人と呼ばれる関係になれたことは、付き合ってしばらくたった今も俺は信じられなかった。
好きだと思ってもなかなか伝えられないキミがよく鈍感な十代くんを落とせたものだねと何度も吹雪に言われたことを思い出し、また俺はクスクスと笑った。
吹雪の奴、十代の方から告白してきたと言ったら驚くだろうな。

『カイザー、アンタが好きだ。ずっと側にいてくれないか?』

あの時のはにかみながら告白してきた彼女の可愛さを思い出し、俺は打ち震えた。
惚れた欲目かも知れないが、十代は世界で1番可愛いと思う。
普段は男のようだが、ふとした瞬間に見せる女の子らしい素顔に何度手を出したくなったことだろう。
俺も男だ。
この想いは手を繋ぐだけでは抑えきれない。
キスをしたい。
・・・ベッドに沈み込ませ、俺のモノにしたい。
だが、やんちゃで無邪気な彼女を抱くという行為で汚したくなかった・・・。
見ているだけでいい。
十代に俺の欲望をぶつけてはダメだ。
嫌われたくない。
・・・カイザーと呼ばれている男が女1人にこんなに臆病になるとはな・・・。
ため息を吐いた俺は机に凭れ掛かる。
そのまま窓の外を見ると樹をスルスルと登る十代の姿が見えた。

「十代!?」

十代は危なげなく樹からベランダに降り立ち、俺を見つけるとニコッと笑い、手を振る。
俺はベランダに駆け寄り、鍵を開けてすぐに十代を抱きしめた。
雪まみれの十代の身体はとても冷たく、冷え切っていた。

「今日は来ないと言っていたのにどうして来た・・・」

半ば叱るように言うと十代はうつむいた。
そのしおらしい姿に俺は疑問を抱く。
十代らしくない。何かあったのだろうか?
とにかく風呂を沸かして十代の身体を暖めないと。
十代に付いた雪を払い、中に入れる。
そして風呂場に行こうと十代に背中を向けた瞬間、十代が後ろから抱き付いて来た。

「十代・・・?」

無言のまま抱き付いて来るなんて一体どうしたのだろう。
十代の抱き付く力が強く、俺は振り返ることができなくてそのまま突っ立つことしかできなかった。

「眠れなくてさ・・・、ずっとアンタのこと考えてた。そしたらアンタにすっげー会いたくなったんだ」
「そうか・・・」
「なぁ、カイザー。アンタ、オレのこと好きか?」
「好きだ」

俺の即答に十代はクスッと笑った。

「オレも好きだ。すごく好きだ」

熱い想いがその言葉から伝わって来て、俺の普段赤くならない頬が真っ赤になるのがわかった。
恥ずかしい。それ以上に嬉しい。
今背中を向けていて良かった。
この醜態はとても見せられない。

「十代・・・その・・・今はとにかく風呂に」
「アンタの身体で暖めてくれよ。オレは今、風呂よりアンタが欲しい」

俺は目を見開いた。
そんな誘い文句が十代の口からこぼれるなんて思ってもみなかった。
十代の手が俺の体から外れる。
俺は十代に向き直り、十代の頬に手をそっと当てた。
寒さのせいで赤くなっていた十代の顔がもっと赤くなっていた。
意味をわかって言っているのかという問いは無駄なことだとその顔を見た瞬間にわかった。
俺の顔は釣られるように赤くなっていった。

「吹雪さんに教えてもらったぜ。普通は付き合って1ヶ月も経ったらそういう行為は済ましてるって」
「吹雪に・・・!?」

あのバカ・・・十代に何を教えているんだ!
俺は右手で目を覆い、また・・・吹雪の悪い癖が・・・と思わず呟いた。
十代はそんな俺をジッと見つめる。

「それを教えてもらって不安になった。いつまで経ってもアンタはオレを抱いてくれない。もしかしてオレはアンタに恋人として見られていないのか?アンタの好きはオレと同じ好きなのか・・・わからない」

十代はそう言うとポロポロと涙をこぼした。
見ているだけで十代の苦しさが伝わってくる。

「十代・・・」
「アンタが好きだ・・・!どうしようもなく好きだ!」

俺は・・・十代をこんなに苦しめていたのか・・・。
十代の覚悟はとっくに出来ていたのに、何故わかってやれなかった。
何が汚したくないだ。
十代の想いをわかってやれなかった俺は最低だ・・・。
俺は十代の顔を上向かせてこぼれる涙を手で拭った。

「カイザー?」

俺を呼ぶその唇を親指でなぞる。

「愛している」
「え・・・?」
「十代、お前を愛している。この想いは・・・お前と同じだ。不安にさせてすまない・・・」
「カイザー・・・」

十代は目を閉じた。
俺の服を掴み、少し震えている。
緊張しているのだろう。
俺も・・・緊張してきた。
顔を近付け、十代の唇に触れる。
柔らかな感触に眩暈がした。
思わず離れ、深呼吸する。
心臓の鼓動が早くなり、高鳴った。

「すげードキドキしてる・・・。カイザーでも緊張するんだな」

十代が俺の胸に耳を当てて呟いた。

「・・・幻滅したか?」
「いんや、むしろもっと好きになった!」

十代はそう言うと爪先立ちになって、自分から俺にキスして来た。
触れたと思ったらすぐに離れる唇。
だがそのまま離れるのが惜しくて、十代の腰を引き寄せもう1度キスをした。
今度はもっと深く。
だけどお互い深いキスは初めてでうまく息が出来ない。
酸欠に近いのか、目の前の十代が霞む。
それでも構わず何度か深いキスをすると、慣れてきたのか息が吸えるようになった。

「・・・っ!カイザー・・・っ!がっつき過ぎだっての!」

・・・頬をつねられた。
腕の中の十代は顔を赤くしてこちらを軽く睨んでいた。
吸い過ぎたせいか、唇は鬱血して真っ赤になっている。
しまった。夢中になってやり過ぎた。
俺は頭を下げる。

「すまない・・・。悪かった」
「・・・いいよ。アンタの気持ち、充分わかったから」

十代はニッと笑い、俺の頬に小さな音を鳴らしてキスをしたかと思うと、俺の腕を外してベランダの方へと歩く。
あまりにも鮮やかに抜け出され、俺はその場で目を白黒させた。

「じゅ、十代?」
「ああもう!死ぬかと思うほど寒かったのに、今すっげー熱いっ!アンタの想いが熱すぎてコッチの身が持たないぜ。あと今更だけど恥ずかしくなってきた!抱くのはまた今度にしてくれ!」

十代はそう言うと窓を開けて素早く樹へと飛び移り、あっと言う間に目の前からいなくなった。
止める暇などなかった・・・。
まさかの生殺し。
昂る身体を冷ますかのように開けっ放しの窓から冷風を伴った雪が俺に降り掛かる。
何だか泣きたくなったが、とりあえず明日吹雪に会ったら殴ろうと決意した。
俺をこんな目に遭わせたことに対して怒りと感謝を込めて。