太平洋の孤島に設置されているデュエルアカデミアに向かって海の上をヘリコプターが飛ぶ。
天候は素晴らしく、海は太陽の光を反射してきらめいていた。
ヘリコプターの窓からその光景を見る生徒たちの顔も同じように輝いているようだった。
秋から始まる新学期に備え、狭き門を通り抜けた新入生たちは、続々と集まっていた。
背の低い少年−翔は学園でうまくやっていけるのかが不安なのか愁いを帯びた表情だ。
その横に座る『十代』は目を閉じ、何事かを考えている。
その後ろの席で三沢はジッと『十代』を観察していた。
アカデミアに着いた新入生たちはまず制服を渡され、着替える。
その時、翔は気付く。
「あれ?十代くんは?」
「そりゃ、一緒に着替えれるわけないだろ」
「へ?何でさ?」
三沢はその質問に困った顔になる。
「・・・本気で聞いているのかい?」
入学式が始まる。
どうやらモニターで校長が挨拶するらしい。
横に6人、縦に5人並び、合計30人の新入生たちがモニターの前に立った。
モニターの画面に頭がツルツルの校長が映り、笑顔で挨拶する。
「ようこそ。デュエルエリートの諸君。諸君は狭き門を実力で開いてやってきてくれました。未来のデュエルキングを夢見て、楽しく勉強してください」
校長は長々と話をするのは良くないのでと言い、入学式はすぐ終わる。
翔は無事終わったので、安心し、軽く伸びする。
そして『十代』に話しかけようと顔を向けた瞬間、またモニターに校長が映し出される。
「え〜、遊城十代くんは至急校長室まで来てください。大事な話がありますので」
入学早々に校長室に呼び出されるなんて何をしたんだろうと、周りの新入生たちは『十代』を見る。
だが、『十代』はその視線を気にもせず、颯爽と教室から出て行った。
「どうしてアイツがオシリス・レッドなのか、不思議だよ・・・」
「あ、三沢君。どうして十代くんがレッドだったら不思議なんスか?」
その質問に三沢は苦笑いをした。
「すぐわかるさ。それにしても寮に行かなくていいのかい?みんなもう向かってるぞ」
その言葉通り、周りには三沢以外の人がいなくなっていた。
「あー、うん・・・。1人で行くのはちょっと・・・。十代くんが校長室から帰ってくるまでボク待つっス」
「そうか。俺も待ちたいんだが用事があるんでね、失敬するよ」
三沢も出て行き、翔は1人残された。
「・・・十代くん、すごくクールだからボクが待ってても、たぶん一緒に帰ってくれないよね・・・」
翔はなんとなくそう思った。でもなんとか友達になりたい翔は、校長室の前で待つことにする。
グッと拳を握り翔は意気込んだ。
「無視されても、後ろから付いていくことはできるんスから」
校長室の中では『十代』と校長が向かい合っていた。
「入学おめでとう、十代くん。いや、覇王くん・・・でしたね」
「・・・」
「君の望む通り、オシリス・レッドにしました。しかしこれで本当に良かったのかね?君の実力ならばラー・イエロー、いやオベリスク・ブルーにだって確実に入れただろうに」
「イエローやブルーは十代の気質には合わない。十代が十代らしく学園生活を送れる場所はレッドしかない」
「そうですか・・・。一応君たちの事情は先生方全員に話しています。・・・あまり理解できていないようでしたが」
「充分だ。最初から理解できるなど期待していない」
その言葉に校長は苦笑する。
それからアカデミアで生活をするために必要な説明をした後、校長は覇王を部屋から退出させた。
その威厳が満ち溢れている後ろ姿を見て校長は思う。
「『覇王』か・・・。彼女ははたしてこの学園に馴染められるのだろうか」
その頃翔は何をしていたのかと言うと。
「ここはどこなんスか〜??」
迷子になっていた。
教室から出た後、翔は校長室を探していたのだが、この学園に入学したばかりの自分には無理があると気付かざるを得なかった。
せめて人に会えればと思い、アカデミアを歩くのだが何故か誰もいない。
だんだん心細くなってきた翔は足を止めうつむいた。
その時翔の耳に人の話し声が聴こえてきた。
耳を澄ますと目の前にある教室からのようだ。
「勝手に入っちゃっていいのかな・・・?」
躊躇しつつも意を決して入った翔は驚きに目を見開いた。
「わぁ〜!これは最新設備のデュエルフィールド!音響設備も体感システムもニューバージョンだ!いいなぁ、こんな所でデュエルやってみたいなぁ」
目を輝かせ、期待に胸をふくらませる翔にフィールドに立っていた話し声の主たちが気付き、そばに近寄って水をさした。
それは慕谷と取巻の2人だった。
「ここはオシリス・レッドのドロップアウトボーイが来る所じゃないぞ」
「え?」
「上を見てみろ」
「オベリスクの紋章が見えないか?」
「ご、ごめん、知らなかったんだ。ただその・・・校長室への行き方を教えて欲しくて・・・」
「「ハァ?」」
2人は翔をバカにしたように見下ろした。
このレッドの新入生はブルーの生徒に学校案内をさせようと言うのか。なんて生意気で無知なんだろう。こういう身の程知らずの奴はこらしめてやらないと、と2人がそう思い実行しようとした瞬間、1人のレッドがまた入ってきた。
翔は後ろを振り返り、いるはずのないその人物を見て驚く。
「十代くん!」
「・・・オレの荷物を教室から持って行っただろう。返せ」
「え!?どうしてわかったんスか?」
「デッキの気配が移動していたからに決まっているだろう。お前にはわからないのか」
「わ・・・わかんないっス・・・」
デッキの気配って何?十代くん程のデュエリストになったらそういうのが読めるのだろうか、と翔は疑問に思ったが、また十代に対する尊敬の念を強めた。
覇王は自分をキラキラと見つめる翔の視線に一切関心を向けず、荷物を取り戻すと、この場所から出ようと後ろを向いた。
その時慕谷は2人に無視されていると思い、声を荒げ、覇王の肩をつかむ。
「おい!レッドがブルーを無視していいとでも思っていッウワァッッ!!?」
慕谷が悲鳴を上げフィールドに叩きつけられるのを翔と取巻、そして興味無さ気に様子を見ていた万丈目は驚愕する。
叩きつけられた本人は信じられない様子で呆然と覇王を見つめた。
「お前のような弱者が強者のごとくふるまうのは醜悪だ。二度とオレに触れるな」
翔はその言葉が自分にも言われているような気分になり、泣きそうになる。
これがただのデュエリストに言われるならまだしも、並のデュエリストではない覇王が言うと直接心にダメージがきた。
取巻は慕谷の元に駆け寄り、助けを求めるようにすがる目を万丈目へと向ける。
「万丈目さん!コイツ、クロノス教諭に勝った110番ですよ!ブルーの強さ思い知らせてやってください!」
万丈目はその言葉に席を立ち、覇王を睨みつけた。
覇王はその視線に真っ向から視線をぶつけた。
「万丈目さんは同じ一年でも中等部からの生え抜き、超エリートクラスのNO,1!未来のデュエルキングと呼び声高いお方なんだぞ!お前みたいなレッドなんてすぐに」
「ビークワィエット。落ち着け、取巻」
「万丈目さん・・・」
取巻はホッとしたように緊張をゆるめた。
万丈目は覇王を油断無く観察しながら話す。
「ソイツ、お前たちよりやる。入学試験デュエルで手抜きしたとはいえ、一応あのクロノス教諭を破った男だ」
「・・・」
「貴様の実力ここで見せてもらおうか」
「・・・いいだろう」
覇王が承諾の返事を返す。
デュエルが始まる前の緊張感に翔はゴクリと唾を飲み込んだ。
だがその時、清冽で澄んだ少女の声が場の緊張感を打ち払った。
「あなたたち、何しているの」
その声の主は入学試験の時に覇王を面白いと評した金髪の美少女であった。
「わぁ〜、綺麗な
翔が思わず呟く程その少女の容姿はとても優れていて、いるだけで場の空気が華やぐようだった。
しかしその美少女は嫌なモノを見るような表情で万丈目たちを見ていて、翔は少し怖いかもと思った。
「天上院くん。いやぁ、この新入りがあまりに世間知らずなんでねぇ・・・。学園の厳しさを少々教えて差し上げようと思って」
「そろそろ寮で歓迎会が始まる時間よ」
にべも無いその言葉に万丈目は小さく舌打ちする。
「引き上げるぞ」
取巻はその言葉に頷き、慕谷に肩を貸し立たせる。
「大丈夫か、雷蔵?レッドにやられたのはショックだろうけど元気だせよ」
「太陽・・・俺、マゾかも知れない。何かもう一回やられたくてドキドキする」
「・・・は?頭でも打ったのか・・・?」
様子のおかしい慕谷を何とか歩かせ、その場から立ち去った取巻はとりあえず保健室へ連れて行こうと決意した。
そんな会話を無視し、美少女は翔と覇王に万丈目たちの説明をする。
「アイツらろくでもない連中なんだから、挑発にのっちゃダメ。いくらムカついたからって投げ飛ばしたりなんかしてしまったら目を付けられてしまうわよ」
「ふん・・・。いらぬ世話だ」
「じゅ、十代くん?」
美少女の目のふちがつり上がり、翔は冷や汗タラタラだ。美少女と覇王を交互に見つめ、青ざめた。
美少女は覇王を少しの間キッと睨みつけていたが、何を思ったのかフフッと笑った。
本気で怒っていたわけじゃないんだ・・・と翔はその微笑でわかり、胸を撫で下ろす。
「私、天上院明日香。あなたの名前は?」
「覇王」
翔はキョトンとする。
「え?遊城十代じゃ・・・」
「それは十代の名。オレを呼ぶ時は覇王と呼べ」
「よくわからないけど・・・、自分を覇王と名乗るだなんてあなた、すごくデュエルタクティクスに自信を持ってるのね。そういうの嫌いじゃないわ。ところで話は変わるけどあなたたち、オシリス・レッドでも歓迎会が始まるわよ」
「それは早く帰らないとマズいっスよ!」
翔はその事実に気付かされ、あわてて出て行くが、覇王は明日香を一瞥し、悠々と立ち去った。
「覇王・・・」
明日香はそう呟くと面白い奴とでも言いたげにまたフフッと笑った。
デュエルアカデミアからレッド寮に向かう道を覇王は黙々と歩く。
その後ろを話しかけたそうな顔をした翔が付いて行く。
季節が冬に近い秋だからだろうか。もう空が茜色に染まりきろうとしていた。
覇王は立ち止まり、その空を眺める。
翔はその横顔が深い悩みに苦悩しているように見え、意外に思いマジマジと凝視したが、
その瞬間覇王が翔へと目を向けたのでギョッとする。
「丸藤。今からお前に話さねばならぬことがある」
どうしてボクの名前を言う前から知っているのと翔は聞きたかったが、覇王の雰囲気から質問は許されていないと
いうことが読めたので、黙って頷いた。
「オレは二重人格者だ」
「そうなんスか。・・・え?」
耳を疑うような事実を聞かされ、翔は危うくスルーしそうになった。
覇王の顔はとても冗談を言っているような感じではない。
だが、翔はとても信じられなかった。
「オレは朝から空が茜色に染まりきるまでの間、もう1人の人格は夕方から朝日が出るまでの間だけ
表に出ることができる。あと少しで人格が交代するだろう」
「えっと・・・ほ、本当に?」
「そうだ。もう1人の人格の名は遊城十代。身体が弱いが、思いもよらない行動をよくするゆえ、
側で誰かが見ていなくてならない」
「そういうことをボクに話すってことは・・・それをボクにやって欲しいってこと・・・?」
「お前ができないというのなら、三沢にまかせるが」
乗り気でなさそうな声を出した翔を見限ったかのように覇王は背を向ける。
翔はあわてて覇王の前に回りこむ。ここで覇王に嫌われたくなかった。
1人になるのが嫌というわけではない。尊敬するデュエリストから嫌われるというのは翔にとって、
とても耐えられないトラウマのようなモノなのだ。
「できないなんて言ってないよ!ボクに任せて!ボクがやる!」
「・・・いいだろう。ただし、十代と話すときはオレのことは話すな。うまく誤魔化せ」
「何でか聞いていいっスか?」
その質問に覇王は深く息をつき、目を閉じた。
「・・・・・・オレという存在がいることを・・・十代に知られたくないからだ・・・」