空が完全に茜色に染まった瞬間、閉じられていた覇王の目がパチッと開く。
その瞳は冷たい金ではく、暖かなココアブラウンだった。
雰囲気も変わり、萎縮してしまうほどの威圧感がなくなっていた。
驚きに目を見開いた翔はためらいつつも一応聞いてみる。
「じゅ、十代くん・・・だよね?」
「そうだけど?ていうかお前誰?」
「あ、丸藤翔っス」
「翔っていうのか。よろしくな!」
そう言って手を差し出し握手を求める十代に握手を返した翔は、覇王が語ったことは真実だったんだと
強く実感した。あまりにも覇王と違うので認めるしかなかった。
ニッコリと笑う十代を見て、翔はほほを赤らめてしまう。(って、何でボクは男相手にドキドキしてるんだ!?)
十代は周りをキョロキョロと眺め、そして最後に自らの服装を確かめると小首を傾げた。
「なぁ、ここどこだ?服も気を失う前と全然違うし・・・、またオレむゆー病でどっか来ちまったのかぁ?」
(覇王がいること知らないから夢遊病だと思ってるんだ・・・。じゃあ、どう説明すればいいんだろう?)
ジッと自分を見つめる十代に、翔は半ば焦りつつも答えた。
「ここはデュエルアカデミアっス。その服はこの学園の制服っスよ」
「ッ!デュエルアカデミア!?本当か!?」
十代は翔の肩をつかみガクガクと揺さぶりだしたので、翔は力一杯肯定した。
十代はうつむきブルブルと震えたかと思ったら、勢いよく腕を振り上げガッツポーズする。
そして満面の笑みで、やったー!と叫び翔に抱きついた。
「うわぁぁ!?ちょっ、十代くん!?」
「オレ、憧れのデュエルアカデミアに合格できたんだー!すっげーうれしい!!」
「よ、良かったね!」
「ああ!筆記試験だけしか受けられなかったからさ、もう無理だと思ってたのに!クゥーッ!やったぜ!」
どうりであの覇王が似つかわしくない110番という順位を取るはずだと翔は思った。
同時にちゃんと自分は人を見る目があったことを安心したのだった。
飛び跳ねて喜びを表す十代を見て、翔は自分も合格できて良かったと心底思った。
しかし急に十代が糸を切ったように前のめりに倒れたので、翔の顔色は真っ青になる。
翔は急いで駆け寄り十代を助け起こした。
「だっ、大丈夫っスか!?」
「へへ・・・、ちょっとはしゃぎ過ぎちまった」
そう言うと十代は力無く笑った。
ヨロヨロと立ち上がる十代を翔は支える。
ああ、この人は本当に身体が弱いんだ・・・と翔は十代の体の軽さにしんみりとそう思った。
「歩ける?」
「ああ・・・。でもこれからどこに行くんだ?」
「えーっと、ボクたちがこれから住むレッド寮に行くんスよ。そこで歓迎会が開かれるんだ」
「へぇー!楽しみだなぁ、ワクワクするぜ!」
ニッと笑う十代に翔も釣られて笑う。
それからしばらく歩くと、木造モルタル2階建ての古アパートのようなモノが見えてきた。
断崖絶壁のすぐ近くに建つ、今にも壊れそうなその建物をこれから住むレッド寮だと認めたくなくて、
翔は思わず目をこすった。
「何だこれ〜。オシリス・レッドの寮だけひどくない?」
「そうか〜?ここは眺めもいいし、風情もあるぞ」
翔は上を見ると、いつの間に2階へ上ったのか、夕日に照らされオレンジに輝く海を見ながら
十代が楽しそうに笑っていた。
翔も2階へと上るが、潮風により腐食した階段を踏みしめるたびに不穏な音が鳴り、とても風情という
言葉では済ましきれないぞと思った。
「翔ー、オレの部屋どこだぁ?ここか?」
「あ、そこっス。一緒の部屋だね」
十代はそれを聞くとすぐにドアを開いて中へと入る。翔も入り、部屋の中を確かめる。
「へー、意外に狭いんだな。でも、生活する分には困らない、こういうのも好きだなぁ、オレ」
「2人同室なんて、ボクたちきっと縁があるんだね。古代エジプトのファラオと神官セトの生まれ変わりかも」
半分本気でそう思い、十代の方を見るが、十代は窓に関心を寄せていて全く聞いていなかった。
十代はカーテンを開き、外を眺める。窓からは地平線の彼方まで見え、ちょうど西に沈む夕日が見えた。
薄暗い室内が夕日により明るくなる。
だがその瞬間、眠そうなのんびりとした声が抗議の声を上げた。
「わ、眩しい!カーテンを閉じろぉ!」
「人がいたんだ?」
「わ、悪い。気が付かなかったんだ」
「夢多き新入生か・・・」
三段ベットの1番上で寝ていた人物がノソリと顔を出す。
その姿を見て十代たちは驚きのあまり叫んだ。
「ウワァァアァッ!!?」「デスコアラ!?」
効果モンスターのデスコアラに瓜二つのその少年は、十代たちの言葉にとても傷付いたのか怒り出した。
「コアラって言うなぁ!俺は同室の前田隼人だぞぉ」
十代は苦笑いしつつ、翔は引きつりながら共に自己紹介する。
「あは・・・、オレ、遊城十代」
「丸藤翔です・・・」
隼人はため息を吐くと、またベットに横になった。
何でコイツこんなにやる気ねぇんだ?とでも言うように十代は翔を見る。翔はさぁ?と肩をすくめた。
「お前たち、オシリス・レッドの赤の意味を知っているのか?」
「いや?」
「何か意味があるんですか?」
隼人はチラリと十代たちの方へと視線を向ける。
「赤はレッドゾーン。危険な奴らってことなんだぞぉ」
「「え?」」
「デュエルアカデミアでは成績によってオベリスク・ブルー、ラー・イエロー、オシリス・レッドの
3つの寮にわけられるんだ。オベリスク・ブルーは中等部の成績優秀組で占められる。高等部の試験を受けて入った
新入生の中で成績優秀な者は、まずラー・イエローに配属されるんだ」
なるほど、だから三沢君はイエローの制服を着ていたんだと翔はわかり1人頷く。
「じゃあ、オシリス・レッドは?」
「成績ダメダメの、ドロップアウト組の吹き溜まりさぁ」
その事実に翔は半笑いになった。十代は面白そうに自分の服を見ている。
「わかったかぁ?ここに送られて来たモンには最初から未来なんてないんだぞぉ」
翔は気落ちしてしまいうなったが、もうここに配属されてしまったのだ。変えることはできない。
とりあえず歓迎会に出ようと翔は十代を引っ張り、部屋の外に出る。
だが気持ちを切り替えることができず、翔は深いため息を吐いた。
「落ち込んでんのかぁ?翔」
「だってあんなこと言われたら・・・」
「でも、オレは赤が大好きだぜ。燃える炎、熱い血潮、熱血のオレにはお似合いだぜ!
だいたい、まだ始まっちゃいない。今からじゃないか!」
「そ、そうだよね。そうだ!今から落ち込んでどうするんだ!がんばれ、ボク!ファイト!気張るんだ!
始まる前から落ち込むなんてだらしなかったよ、十代くん」
しかし十代はもうそこにはいない。下を見下ろすと食堂に向かって歩く十代が見えた。
待ってよと言いながら下に下りる翔は、本当に覇王とは別人なんだなとまた再認識した。
食堂に入って見るともう歓迎会が開かれていた。
しかし、食堂にいるレッド生たちの顔はとても晴れやかとは言えなかった。
不思議に思いながらも座ると、食卓の上に置かれている粗食が目に付いた。
メザシが数匹、たくわん少々、小さな茶碗にご飯一杯、みそ汁(具は豆腐だけ)・・・。
目を疑うような内容に、もはや翔は何も言えなかった。
周りのレッド生たちはボソボソと話し合っていた。
「イエローとブルーにいる俺の友達にそっちの歓迎会はどうなんだって聞いたんだけどよ・・・、すげーご馳走だって・・・」
「同じ授業料支払っているのにこの差はないぜ・・・」
「おまけに寮長は人間ですらない〜!」
「ネコなのか・・・!?」
奥の方の食卓の上にかなり太っている虎柄のネコが眠っている。
翔がいくら何でもそれはないだろうと思った時、奥の部屋から長い黒髪を一つに結んだ長身の青年が笑顔で出てきた。
うさんくさい笑顔だったが、大人がちゃんといたことにレッド生たちは安堵した。
「寮長の大徳寺だにゃ〜。授業では錬金術を担当している。よろしくにゃ」
「うンまーい!」
大徳寺が挨拶を始めようかという時、場の空気を全く読めてない声が聞こえたきた。
その場にいた全員がその声の主をギョッと見た。
「マ、マズイっスよ、十代くん」
「そうかぁ?むちゃくちゃ美味いぞ」
「そ、そういう意味じゃなくて・・・。まだ先生が挨拶中だし・・・」
バクバクとご飯を食べる十代を翔はあわてて止めようとする。
そんな十代たちがいる食卓の近くまで大徳寺がやってきた。笑顔の大徳寺を十代は見上げ、ニコッと笑う。
その瞬間、翔は十代が全く空気の読めない人だとはっきりとわかった。
「小さいことは気にしないのにゃ〜。それでは皆さん、これからよろしくにゃ」
歓迎会が終わり、自分たちの部屋に戻った翔はまず3人分のお茶を淹れた。
十代は壁にもたれかかり、お腹をさすっている。
「ふわぁー、食った食った。腹いっぱいだぜ。何でみんな食べなかったのかなぁ?」
「おかわりしてたの十代くんだけだったね」
翔はそれぞれ専用のコップにお茶を入れ、十代に手渡す。
「けっこー美味かったぞ。サンキュー」
「隼人君、お茶」
「俺はいらない」
「そぅ・・・」
同じ部屋に住むんだし、仲良くなろうとお茶を淹れたのだがどうやら無駄だったようだ。
十代は気にした様子も無く、お茶に息を吹きかけている。
隼人はボソッと呟く。
「料理が不味いんじゃないんだぞぉ。自分たちの境遇が悲しくて、飯がのどを通らなかったんだぞぉ」
翔はその言葉にまた落ち込んだのかうつむいた。
その時どこからか電子音が聴こえてきた。
十代は不思議そうに立ち上がり、ズボンのポケットから小型の機械を取り出した。
「何だコレ?」
「あ、それPDAっスよ。メールでも着たんじゃないっスか?」
「ふーん」
十代が適当にボタンを押すと、PDAの画面に万丈目の姿が映し出された。
『やぁ、ドロップアウトボーイ。午前0時、デュエルフィールドで待っている。互いのベストカードを賭けた、アンティルールでデュエルだ。勇気があるなら、来るんだな』
万丈目の顔をジーッと見つめる十代に翔は冷や汗をダラダラと流した。
(こっ、これはマズイ展開っスよ〜!万丈目君がどうして十代くんのこと知ってるのかとかうまく誤魔化さないと・・・!)
「あっ、あの十代くん・・・この人は・・・」
「コイツ、デュエル強そうだな!」
「へ?」
「デュエルフィールドってことはデュエルディスク使ってデュエルするのかなぁ?すっげーワクワクしてきた!」
十代はとても楽しそうにニコニコと笑い、ディスクを荷物から取り出し装着する。
そしてそのまま外に出ようとする十代を翔はあわてて止めた。
「じゅ、十代くん待って!」
「お!翔も来るかぁ?」
「そうじゃなくて!行っちゃダメってこと!」
「何でだよ?挑まれたデュエルは受けるのがオレのスタンスなんだぜ?」
「だってその相手の人、ろくでもない奴って聞いたことあるし・・・、何よりアンティルールだよ?負けてカードを取られたらどうするのさ?」
翔は何だか思いもよらないことになってきたぞと思った。もし負けてカードを取られたら、覇王はきっとボクに激怒する。そのことを思うと翔は胃が痛くなった。
しかし十代はそんな翔の不安を吹き飛ばすかのようにニカッと笑う。
「オレは負けない。だからそんな心配しなくても大丈夫だぜ!」
「十代くん・・・」
覇王は別に止めろなんて言ってない。十代を見ていろと言っていただけだ。ということは、好きに行動させてもOKってことかな・・・と思った翔は十代を行かせることにした。
隼人は2人が部屋から出て行くのをチラリと見た。
「アイツの元気もここまでなんだな」