始業式が終わった次の日、早速最初の授業が始まっていた。
最初の授業ということもあってか、遅刻者は1人もおらず、皆真面目に自分の席に座っている。
クロノスが教壇に立ち、デュエル理論の話をしている最中、翔はバレないようにあくびを噛み殺していた。
翔は昨日、傷付いた十代を抱えて寮に帰った後、すぐに寝ようとしたのだが十代が話をせがんできてあまり寝ることができなかった。
結局朝日が昇って十代が覇王に代わってからやっと翔は眠ることができたので、疲れも少ししか癒えていない。
だが十代と話をするのはとても楽しかったので、まあ仕方ないかと翔は思っていた。
それにしても何故人格が代わると身体の機能まで変わってしまうのだろうと翔は不思議に思い、横に座っている覇王を盗み見た。
覇王はクロノスの話など全く聞かず、何故か教科書の内容をノートに分かりやすくまとめているようだ。
ノートの要所要所には可愛らしいハネクリボーの絵が描かれており、『ここ重要!』と吹き出しが付いている。
漢字が少なく、言い回しも柔らかい文章でまとめられたそのノートは、とても覇王が作成しているとは思えない。
むしろ覇王がノートにまとめているのが不思議で仕方ない。
異様な雰囲気を放つそのノートを見るのが怖くなったので、翔は覇王の顔に掛けられたメガネに目を移す。
授業が始まる前に覇王が掛けたオーソドックスな黒のメガネは、別にオシャレの為ではなく、本当に目が悪いから掛けているらしい。
翔はその時の会話を思い出す。
「あれっ?覇王、目が悪いの?」
「・・・ああ」
「へぇー。どのぐらい?」
「裸眼ではこの程度近付かなくては見えん」
グッと鼻が触れる寸前まで顔を近付けられ、翔はドキッとする。
覇王の恐ろしさに忘れがちだが、無表情のその顔は整っていて美しいモノだった。
十代に代わっている時は、美しいと思うことはなくむしろ可愛い系の顔立ちになるのがまた不思議・・・ってボクは男相手に何考えているんだろう!?
ドギマギする胸を押さえ、翔は覇王から1歩離れる。
「そ、そんなに目が悪いのによくメガネ無しでデュエルできるっスね?」
「目が見えなくても、相手が口頭で何を場に出したか、何を伏せたか言うだろう」
「なるほど・・・」
だが、それは相手の状況を逐一記憶しつつデュエルしなければいけない危険なデュエル。
翔はとても真似できないデュエルスタイルだと思った。
目が見えれば、相手の手札や墓地の枚数を忘れても一々見ることができる。
しかし目が見えないと、忘れても見ることができない。
1歩間違えば大惨事だ。
そんな危険なデュエルを当たり前のようにこなしているのか・・・と翔はまた感動し、覇王に対する尊敬を深めた。
「じゃあ、アニキも目が悪いの?」
「十代の視力は普通だ」
「ふーん・・・。どうして人格が代わるとそんな風になるんスかね?」
覇王は翔の疑問に答えなかった。
まだ話すようになって2日しか経ってないのに、内情に関して質問し過ぎたのかも知れない。
覇王の機嫌を損ねてしまえばどんなことになるかわからないと翔は思い、それ以上聞かなかった。
それにしても不思議な人と友達になったもんだと翔は思う。
厳密に言えば友達ではなく、他人以上友達以下のような気がするが。
でも、側にいることを許しているということはまだ友達になれる望みはあるはずだ。
がんばるぞー!と翔が燃えていると、いつの間にやらクロノスが目の前に立っていた。
「ワタクシの授業で何をボーっとしているノーネ、シニョール丸藤?」
「ごっ、ごめんなさい!」
翔は慌てて席を立ち上がり謝る。
さすがオシリス・レッド・・・、初日から問題起こしてるぜと陰口を叩く生徒の声が聞こえ、翔は赤面した。
ああ、まずい!クロノス先生に目を付けられた!
どうすればこの状況を打開できるだろうかと考えても思いつかず、翔は冷や汗をダラダラと流す。
「授業を聞かなくても問題ないという余裕の現れなノーネ?シニョール丸藤。では、そんなシニョールにフィールド魔法の説明をお願いしますーノ」
「えぇっと・・・、フィールド魔法はその、あの、えーっと・・・」
焦りからか口が回らずどもる翔に後ろの方の席のブルー生が囃し立ててきた。
「そんなの幼稚園児だって知ってるぜー!」
馬鹿にしたように笑うブルー生とイエロー生。
それに翔は顔を赤らめ、ますます声が詰まってしまう。
三沢はそんな周りの状況を苦々しそうに嘆息した。
「よろしい。引っ込みなさいンヌ。基本中の基本も答えられないとはさすがオシリス・レッド。驚きですーノ」
翔だけでなく、レッド全体を貶めるクロノスの言葉に笑いが巻き起こった。
翔は力なく椅子に座り、小さく呟く。
「分かってるのに・・・。ボク、あがり症だから・・・」
覇王は呟きが耳に入ったのか、ペンを止め、チラリと翔を見遣る。
俯く翔に覇王は眉をピクリと動かした。
少し考え込むようにペンをクルクルと回すとクロノスへと話し掛ける。
「知識と実践は関係ない。全てのカードを知り尽くしていたとしても、負ける時は負ける。それは、レッドのオレに負けた教職員のお前なら分かると思っていたんだが」
「マ、マンマミーヤ〜ァ・・・!」
違うみたいだなと、冷たい瞳で見つめる覇王にクロノスは悔しそうにピンクのハンカチを噛み締めた。
翔は覇王の思わぬ言葉に嬉しそうに見上げ、レッド生はクロノスがやり込められた事に喜びの声を上げる。
そんな周りに対してどうでもいいという感じでまたノートに向かう覇王の様子を後ろの方の席に座っていた明日香は面白そうに見つめた。
一時間目の授業はクロノスが不機嫌になった事もあり、早々と終わってしまった。
次の授業は錬金術。
担当教員は昨日の宣言通り、レッド寮の寮長、大徳寺だった。
腕にはあの太めの猫が抱えられており、優しく背中を撫でられてご満悦そうだ。
「えー、錬金術とはぁ、文字通り金属でないモノから金属、特に、金を造り出す事ですが、広い意味では一般の物質を完全な物質に変化・変性しようとする技術の事だにゃー」
たとえ、自分の寮の寮長だろうと構わず一時間目と同じようにノートにまとめ続ける覇王。
チラッと翔は覇王のノートを覗くと一応錬金術の事についてまとめているようだった。
作業中の覇王を邪魔したくないが、休み時間中に言えなかったお礼の言葉を言おうと翔は小声で話し掛ける。
「覇王、さっきはありがとう」
「・・・何の事だ」
「何って、ほら・・・」
「無駄口を叩くとさっきと同じ目に遭うぞ」
遮る覇王の言葉の直後、授業を中断した大徳寺が丸藤君と呼んだ。
慌てて立ち上がる翔に大徳寺はニッコリ笑う。
「ファラオを捕まえてもらえますか?」
「ぇ?ファラ、オ?」
「私の猫ですにゃ」
キョトンと目を丸くした翔は鳴き声と共に足にすり寄る猫に驚き、身を仰け反らせる。
ファラオはそんな翔にフニャ〜と一声鳴くのだった。
授業が終わった後、クロノスは実技担当最高責任者専用の一室でペンを走らせてずっと何かを作成していた。
「ぅぅ〜・・・!あのドロップアウトボーイィったら、よくもワタシに恥をかかせてくれましたーノネ。このままで済むと思ったら大間違いですーノォォ・・・」
使用し終わったペンを元の場所に戻し、おもむろに手鏡を取ったクロノスは真っ赤な口紅を唇に塗り始める。
減り具合から見て、愛用の品なのだろう。
ピンクのハンカチを噛み締めたせいで少し剥げていた唇の色が元のように真っ赤になる。
そしてクロノスは手鏡を置き、さっきまで作成していた手紙を手に取ってムチュッと唇を押し当てた。
「これで良し、と。ノホホホホゥ」
出来あがったモノはクロノスの唇のマークがついており大変気持ち悪いが、ラブレターのようだった。
満足気に笑うクロノスはそれを懐に忍ばせ、いそいそと部屋を出ていく。
向かう先は男子更衣室。
今の時間帯だと一年生が体育の授業をしている頃合いだ。
クロノスは中の様子を窺うとロッカーを片っ端から開けていく。
「ドロップアウトボーイの靴はどこでしょうネ。一体どこデショ?」
だが、全てのロッカーを調べてみるも十代の靴はどこにもない。
まさか授業をサボっているのか、さすがドロップアウトボーイなノーネ!と怒るが、その対象は目の前にいない。
仕方なしに靴が置かれていないロッカーを十代のものだろうと決め、ラブレターを置いておく事にした。
もし違っても遊城十代へとちゃんと宛名を書いてあるから大丈夫な筈だと思い、クロノスはニヤリと笑うとその場を立ち去る。
そのすぐ後に翔が慌てた様子で更衣室に飛び込んできた。
「うわぁ〜!授業始まってる〜!」
よろめきながらも靴を脱ぎ、自分のロッカーを開ける翔。
初めての制服の着用時にこのロッカーを使用したので間違えはしない。
その自分のロッカーにはっきりと主張する口紅がついた手紙が置かれているのを見て、翔は目を見張った。
「えぇっ!これってもしかして!?」
翔はキョロキョロと周りを見て確認した後、ロッカーの物陰に移動し手紙を取り出す。
「・・・初めて会った時から貴方の事が好きでした。今夜女子寮の裏で待ってます。天上院明日香・・・ってぇ!?」
あまりの驚きにヨロヨロと後退り、尻餅をつく。
予想外の人物からのラブレターに翔は呆けたように呟いた。
「ボ、ボク、明日香さんからラブレターもらっちゃった・・・」
脳内で自分の方に向かって美しい花畑の中を走る明日香の姿が見える。
愛おしそうに翔君と呼ぶ彼女に翔も駆け寄って名を呼ぶ。
翔の手を握り、『好き』と言う明日香を想像した翔は「幸せ・・・」と呟き、そのまままた妄想の世界へと旅立っていったのだった。
「皆さんこんにちは。今日から皆さんに保健と体育を教えます、鮎川恵美です。どうぞよろしくね」
翔が行く筈だった体育の授業は艶やかな美女が担当だった。
生徒たちと同じ淡いパープルのジャージ姿だったが、微笑む彼女に見惚れる男子が多く、最初の授業は雑談だけに終わった。
その間、覇王はベンチに座り、この授業のレポートを書いていた。
どうやら体育を見学のようで制服のままだ。
そんな覇王に鮎川は近付き、声を掛ける。
「レポートは出来たかしら?十代くん」
「・・・オレは十代ではない」
「あ!まだ慣れてなくて・・・ごめんなさいね。覇王くん、だったわね」
心から申し訳なさそうに謝る鮎川を覇王はジッと見つめ、気にしてないと言うように首を振った。
「レポートは出来た。これで体育の授業は免除されるんだろう?」
「ええ、そうよ。本来の成績よりは少し落ちるけど、これさえ出してもらえればOK。・・・うん、ちゃんと書けてるわ」
レポートをめくり、確認した鮎川は覇王にニコッと笑い掛ける。
「体調は大丈夫かしら?具合が悪くなったらすぐに保健室に来てね。私は授業がある時以外はいつもあそこに居るから」
「・・・問題ない。それよりも早く女子寮に案内してくれ。・・・もうすぐ十代が目覚める」
「あ、そうね。気が利かなくてごめんなさい。早速行きましょう」
体育館のドームの上の窓を見ると空が茜色に染まろうとしていた。
このままレッド寮に帰ろうとすると途中で十代に代わってしまうが、校舎から近い位置にある女子寮だとまだ間に合うだろう。
それを確認した覇王は鮎川と共に女子寮へと向かった。