時刻は過ぎ、夜。
女子寮の裏の門に不審者がいた。
黒いタイツに身を包んだその姿は夜闇に紛れ、よく目を凝らさないと人だとは分からないだろう。
不審者は懐からペンチを取り出し、門を閉じる鎖を断ち切ると扉を開け放って侵入する。
素早く草影を移動するその様はまさに忍者。
最終的に辿り着いた茂みに身を潜ませると近くの建物の中から女性の声が聞こえる。

「ホント明日香さんってば、スタイル抜群でうらやましいですわー」
「そんなにジロジロ見ないでよ・・・恥ずかしいじゃない」
「ももえもまた胸が大きくなったんじゃない?」
「もぉー!ジュンコさんったらドコ触ってるんですかぁ!?」

その女性たちの声にモホホホーと変な笑い声を上げながら黒タイツ、もといクロノスが茂みから顔を出した。

「ここはちょうど、女子寮の風呂場の裏なーのデース。そうとも知らずにノコノコやって来るあのドロップアウトボーイの姿ーが目に浮かびますーノ!そこをパチリと・・・!うっひっひっひっひー。写真に撮れーば誰が見てーも女風呂を覗ーく痴漢ボーイの証拠写真に見える筈ーネ。そしてドロップアウトボーイは退学!学園からおさらばという訳ネー。アディオス!それはスペイン語。チャオ!」

クロノスがそんな悪巧みを近くで考えているとは知らず、お風呂に浸かる女子たちは会話を楽しんでいた。
金のライオンの口からお湯が湧き出ているその風呂場はとても広々としていて声が反響する。
肩程まである茶髪の少女―枕田ジュンコが口を開いた。

「それにしても今年の男子ったらろくなのいないですよねー。特にあの遊城十代ったら、クロノス教諭にまぐれで勝ったからって生意気に口応えしてますし!まぁ・・・ちょっとイケメンかなとは思いますけど、所詮はオシリス・レッドの落ち零れ!ねー?明日香さん」
「どうでもいいわ。あんなヤツ」
「えー!?明日香さん?」
「ラー・イエローの三沢さんって素敵な殿方ですよねー」

微笑んでジュンコの問いをかわす明日香に詰め寄ろうとすると傍らに居た後ろで一つ括りにした黒髪の少女―浜口ももえが空気を読まず話し掛けてくる。
それにジュンコは引き攣った笑いを返した。
聞こえてくるそんな会話に全く意識を向けず、クロノスはひたすら待ち続けていた。
オーソレミーヨと歌うように呟くその横顔はこれから起こる事態を想像してにやけている。
その時軽い足音が聞こえてきてクロノスは出していた頭をサッと茂みに戻した。

「来ましたーネ。飛んで火に入るドロップアウトボーイですーノォ」

カメラを構え、目の前まで来るのを待つと・・・

「この辺かなぁ?」

それは待ち続けていた相手ではなかった。

「何ですとォーッ!!?何でシニョール丸藤がー!??」

驚いて叫ぶクロノス。
それに気付いた就寝前の女子たちが訝しげな声を上げる。

「誰?」
「しまった!」
「覗きよー!」
「きゃー!ちかーん!!」
「じょ、じょ、冗談じゃありませーんノ!これじゃワタシの方が退学ーになってしまいますーノォ!!」

慌てたクロノスは急いで立ち去ろうとする。
しかし駆け出したその先は湖。
そのまま落ちたクロノスはブクブクと沈んでいった。
おかげでクロノスは見つからなかったが、翔はこの事態を読み込めず突っ立ったままだった。
疑問の声を上げる翔を女子たちは取り囲んで捕まえる。

「もう逃げられないわよ、この痴漢」
「えぇえ・・・?」

寮内へと場所を移し、尋問を開始する明日香、ジュンコ、ももえ。
他の女子たちはこの三人にこの場を任せ、部屋に戻ったようだ。
翔は前に手を縛られ、冷たい目で見られつつも、ここに来た事情を説明する。

「まぁ!明日香さまからのラブレターですって!?」
「うん!えへへ。ねー!」
「バッカねー。オベリスク・ブルーの女王、明日香さんがオシリス・レッドのアンタにラブレター書く訳ないでしょう?」
「嘘じゃないよ。今夜女子寮の裏で待ってますってボクのロッカーに!ほら、あ・・・」

縛られた手で問題のラブレターを取り出すと、すかさずジュンコが奪い取った。
手紙を取り出して三人で見ると明日香が不快気に眉をしかめる。

「私、こんな汚い字書かないわ」
「オシリス・レッドの殿方はそんな事すら分からないのですねー」
「え、じゃあ一体誰が・・・」
「あら?これ、宛名が遊城十代になってるわ」
「え、う、嘘ぉー!」

ジュンコが手紙を翔に見せる。

「ホントだー・・・」
「偽のラブレターに釣られて」
「ノコノコやってくるなんて」
「おまけに間違いだし」
「落ち込みそぉ・・・」
「自業自得よ」
「えぇ」
「この事は学校側に報告しましょ」
「お風呂を覗くなんて破廉恥極まりないわぁ」
「だから覗いてないって!!」

翔が自分の無実を証明しようと声を張り上げた瞬間、バルコニーから鮎川が顔を出した。

「皆さんお揃いで何の騒ぎー?」

鮎川の登場に驚く全員だったが、明日香はすぐに我に返ってジュンコとももえに指示を出す。
三人は翔を押さえてその上に座り、鮎川の位置から見えなくする。
翔は三人分の体重が圧し掛かってきてとても重たそうだ。

(う、お、重い〜っ)
(失礼ね)
(大人しくなさい)

「何かあったの?」
「いいえ、何でもありませんわ。お騒がせしてすみません」

この場を誤魔化そうと明日香は笑顔で答える。
それに鮎川は納得したのか欠伸を一つして背を向けた。

「そう。じゃあ皆さん、早くお部屋に戻っておやすみなさい」

鮎川が去り、四人は安堵のため息を吐く。
その時、近くからありえない声が聞こえてきた。

「何してんだ、お前ら?」
「「ゆ・・・、遊城十代〜っ!!?」」

なんか面白そうだなー、オレも混ぜろよと言う十代にジュンコとももえは叫んだ。
明日香と翔は予想外の十代の出現に口をポカンと開け、声も出ないようだった。

「ア、アンタ何でここにいるのよ!?」
「何でって・・・ここの風呂に入ってたからに決まってるだろ」
「「は?」」
「お前らって入ってすぐに出るんだなー。普通はそうなのか?でもオレはゆっくり入った方が良いと思うぜ。良い湯だったし」

首に掛けたタオルで濡れた髪を拭きながらそんな事を言う十代に女子三人は真っ赤になって震え出した。

「見たのね、アンタ・・・!」
「私たちの裸を・・・!」
「それも堂々と一緒の風呂に入って・・・!」

今にも十代に飛びかかってタコ殴りにしそうな雰囲気に翔はハラハラする。
顔は青ざめて白に近くなっている状態で今にもバタリと倒れそうだ。
十代はというとそんな四人の様子を面白そうに見ていた。

「十代くん?お風呂上がったのなら早く部屋に戻らないとダメでしょう」

一瞬即発とは言えないかも知れないが、危険な空気が流れていたその時にまた鮎川が顔を出した。

「湯冷めしたらどうするの?」
「大丈夫だって、鮎川先生。そんな事より、オレ、今から活動時間だから先生先に寝てていいぜ」
「え・・・でも」
「だいじょーぶ!もしもの時があったらコイツらに先生の部屋まで運んでもらうからさ、な?」

バルコニーの鮎川に向けてニッコリ笑う十代。
鮎川はそれに小さくため息を吐くと、混乱したように鮎川と十代を交互に見てる女子三人に向けて話し掛けた。

「ごめんなさい、明日香さん、ジュンコさん、ももえさん。十代くん一人じゃ不安だから少しの間だけ付き合ってあげてくれないかしら?」
「どっ、どうしてそんな事言うんですか!?鮎川先生!」
「どうしてって・・・」
「このオシリス・レッドのドロップアウトボーイは私たちのお風呂を覗くどころか一緒に入ってたんです!」
「ただでさえ男子禁制の女子寮にいるだけでも処罰モノなのにこんな変態行為!もう許せませんわ!」
「さすがに庇いきれません!即刻退学処分を!」

あの明日香でさえもこれには怒ったらしい。
三人一緒になって非難を申し立てるその様を翔は十代の背に隠れながら見て、女の子って怖いと震えながら思った。
だが非難の的の十代はというと髪の毛を拭きながら不思議そうに翔を見るだけだった。
そんな中、鮎川はバルコニーから階下の様子を見て困ったように首を傾げると、とんでもない事実を言い放つ。

「お風呂に一緒に入ったって良いじゃない。十代くんは女の子なんだから」
「「え??」」

時間が止まったかのように動かない女子三人と翔。
驚きの新事実に理解が追い付いていないようだ。

「あら?皆さん気付いてなかったのかしら?」
「で、でも十代はオシリス・レッド所属ですよ?普通女子はどんなに成績が悪くても全員ブルーに入れられる筈では・・・」

鮎川がおかしそうにクスクスと笑うと、他より正気に戻るのが早かった明日香が驚愕の表情のまま疑問点を鮎川に聞く。
どこからどう見ても男にしか見えない十代。
いきなり女だと言われても信じられないと明日香は十代を見ながら思った。

「十代くんがレッド所属なのは校長先生が決めた事なの。どうしてかは分からないけど・・・。でも十代くんが女の子なのは確かよ」
「信じられない・・・」
「あの遊城十代が女なんて・・・」
「さ、もうこの話は終わりにしましょう。夜更かしは美容の天敵。貴女たちも十代くんに少し付き合ったら部屋に戻って寝なさい」
「「はい・・・」」

欠伸をしながら眠そうに目元を擦った鮎川は返事を聞くともう階下の様子を見る事はなく自身の部屋に戻ってしまった。
ジュンコとももえは事実がやっと脳に届いたのか驚きの表情で十代を見つめている。
翔は思い当たる節があったのか納得したように何度も頷いている。
微妙な空気が流れるフロア。
そんな空気を正常に戻そうと明日香は口を開いた。

「まさかあなたが女なんてね・・・」
「おう。オレは女だぜ」
「隠そうとしていた訳じゃないのね・・・まぁ、いいわ」
「いいんですか、明日香さん!?」
「十代が女だろうと構わない。女であろうと男であろうと、デュエルが出来ればそんなの関係ないわ」

ジュンコとももえは明日香のその言葉に心を打たれたのか押し黙った。

「この女子寮に来たのは入寮の為かしら?」
「いや?なんか知らねぇけど目が覚めたらここにいたんだ。起きた時に鮎川先生がなんか説明してくれたけど忘れちまった。またむゆー病だと思うぜ?」
「夢遊病?」
「えぇっと!アニキにはちょっとかくかくしかじかな理由があって!」

十代の言葉に首を傾げる明日香に翔は焦りながらも誤魔化す。
まだ明日香には十代と覇王が交代する秘密を教えていないのだ。
これを言っていいのかは覇王に聞かないと分からない。
しきりに唇に人差し指を当てて黙って欲しいという動作をする翔に明日香は目を丸くしたが、頷いて、違う言葉を口にした。

「誰かがあなたを痴漢に仕立て上げる為に私の名を騙ってラブレターを作って呼び出そうとしたみたいなの。生憎あなたは女で・・・しかも引っ掛かったのはあなたじゃなくてその子だけど」
「へ〜」
「アニキぃ、へ〜じゃないっスよ・・・。ボク、散々な目に遭ってるんだからね」
「騙されたとは言え、覗いた事には変わりないわ」
「それがバレたらきっと退学ですわ〜」
「ボクは覗いてないって!」
「そっかー。退学になったらもう会えなくなるな、翔。じゃあな、一度ぐらいはお前とデュエルしたかったぜ」
「えぇーっ!アニキ酷いっスよ〜っ!!」

必死になって自分の無実を主張する翔にあっけらかんと別れの言葉を言う十代。
もはや翔は半泣きだ。
そんな二人の掛け合いに明日香はクスッと笑う。

「いずれあなたとは一戦交えなければと思っていたのよ。翔君を助ける為に私とデュエルしない?もし私に勝ったら風呂場覗きの件は多めに見てあげるわ」
「だから覗いてないって言ってるのに!」
「何だかよく分かんないけどまぁいいや。そのデュエル、受けて立つぜ」