第4話『5重合体!VWXYZ(ヴィトゥズィ)』



一年生たちが入学してから日数が流れた。
授業や実技にも慣れ、学園での生活に馴染んできたこの頃、緊張感がなくなり手を抜き始める者もいるのではないだろうかと思われがちだが、このデュエルアカデミアでは違う。
毎週月曜日には小テスト、そして月一ごとに筆記・実技のテストがあるのだ。
手を抜くなど言語道断。
そんな事をすれば自分が今いる寮から降格してしまう。
たとえ優秀なブルー生であろうとも、気を抜けないものなのだ。
だから月一テストが迫りつつあると生徒たちは図書館や自室に篭って勉強とデッキ編成を行い、死に物狂いになる。
それはもちろん落ちこぼれのレッド生であろうと変わりない。
むしろ一番危機迫っているのは彼らだ。
彼らにはもう後がない。
前に進むしかないのだ。

「お願いしますぅぅぅぅー・・・!デュエルの神様、今日の月一テスト次第で、このオシリス・レッドからラー・イエローへ昇格する事が出来ます!これはまさに!死者蘇生ぇッ!!この翔をこの墓場からお救い下さい。頼みますぅ・・・!」

ピリピリとした雰囲気を放つレッド寮の各部屋の中で、最も異様な空気を漂わせる部屋があった。
二階にある十代・翔・隼人の部屋からである。
その中では、机の正面に掛けられたレッドの象徴『オシリスの天空竜』の絵に向かって翔が全身全霊を懸けて祈っていた。
目は血走っていて、隈がある。
おそらく寝ていないのだろう。
神棚に1枚、頭に3枚『死者蘇生』のカード括り付けて神頼みをしているその異様な姿に、三段ベットの一番上にいる隼人が青ざめていた。
話しかけたくないのだが、そろそろ学園へ向かわないと試験に間に合わない事が分かっている隼人は恐る恐る翔に声を掛ける。

「翔・・・、もう充分だろぉ?このままだと肝心のテストが受けられないんだなぁ・・・」

その言葉に翔がハッとしたように椅子から立ち上がった。

「そ、そうだね!ありがとう、隼人君。・・・そういえば、アニキ今日も帰って来なかったね」

三段ベットの一番下は一応十代(覇王)のと決まっている。
しかし、初日と次の日・・・つまり十代が傷付いて寝込んでいた時ぐらいしか使っておらず、あまり乱れていない。
何故かと言うと、十代は寝て過ごすなんて退屈だと言って、毎晩寮を抜け出してるからだ。
今は身体を休ませる為にディスクデュエルを控えさせてくれという覇王からのお達しで翔と隼人が禁止したトコロ、その反発で出歩いてるようだ。

「アイツは夜が活動時間だから仕方ないんだなぁ」
「で、でも・・・そのせいで遅刻になっちゃうんだよ、覇王が・・・。今日のテストなんて遅刻したらマズイよ。ボク、PDAで呼んでみる!」

十代は島を冒険するのに夢中になって、交代の時間が来るのも構わず外にいる。
覇王はそのどこか分からない場所から準備の為に一度レッド寮に戻り、それから学園へと向かうので、どうしても遅刻してしまうのだ。
不安になった翔は、自分の筆記用具とデュエルディスクを貸すからそのまま学園に向かってと言おうとPDAの発信ボタンに手を掛ける。
その行動に隼人が口出しした。

「翔。お前、甘いんだなぁ。テストは実技・筆記とも各寮で競われるんだぞ。つまり、オシリス・レッドの人たちはお前にとって、全て敵って事なんだなぁ」
「そんな・・・敵だなんて」
「特に、クロノス先生を破った十代は、オシリス・レッドの中では最もラー・イエローに近い存在なんだなぁ。このまま放っとけば、俺たちが有利になっちゃうんだなぁ」
「覇王の親友(希望)のボクがそんな事出来る訳ないじゃないか!覇王!ボクの貸すから早くアカデミアに向かって!覇王!」

隼人の言葉に焦ったようにPDAに向かって呼び掛けながら翔が慌ただしく部屋から出ていく。
それを上から見ていた隼人が呆れたように呟いた。

「アイツ・・・口ではあんな事言いつつも本能に忠実なんだなぁ。発信ボタン押してないじゃないか・・・」







翔が転げながらも学園に到着した頃、覇王はレッド寮に向かわずに、真っ直ぐ学園に向かって歩いていた。
実は覇王はこの事態を予想していて、学園のロッカーに試験にいる物を全て置いていたのだ。
だが今回、十代はジャングルに入ったようで、覇王はそこから脱出するのに随分と時間が掛かり、体力を失ってしまった。
しかし磁場が狂っているジャングルを短時間で抜け出せたのはまさに奇跡としか言いようがない。
歩いてもまだギリギリ間に合うぐらいだ。
そう考えていた時、覇王は目の前の坂道を見て、眼を僅かに見開く。
ふくよかな体付きの老婦人が故障したトラックを押して歩いているのだ。
老婦人の力がないという事もあるが、坂道のせいなのだろう。
遅々としか進まない、そのもどかしい行動を見て覇王はトラックに近付き、後ろから押す。
運転席側のドアを持って押していた老婦人はその瞬間軽くなった事に驚き、後ろを振り返った。

「アンタ何してんだいっ?遅刻しちゃうよ!今日はテストなんだろう?」
「・・・遅刻しても問題ない。テストは受けられる」
「でもテストの問題は難しいんだよ?時間一杯がんばらないとダメなんじゃ・・・」
「気にするな。今はこれを運ぶ事だけ考えろ」

冷たい無表情で老婦人を見る覇王。
だが、表情とは裏腹に老婦人の為に学園へ向かってトラックを押す行動はとても優しいモノだった。
その事に老婦人は目を丸くし、しばらく黙っていたが、トラックを学園の側近くまで運ぶと、微笑んで「すまないねぇ」と言って覇王の手を握る。

「お礼がしたいから、筆記テストの後にでも購買部に来ておくれよ。待ってるからね」

覇王はそれに戸惑ったように目を瞬かせると、何も言わず手を外して学園の中に入っていった。








その頃、翔は試験を受けている最中だった。
しかし徹夜で祈り続けていたせいで眠くなり、問題の途中で沈没していた。
寝言で覇王と十代に謝り続ける翔に周りの生徒は迷惑そうな顔をしている。
そんな翔を試験監督の大徳寺はニコニコと眺めていた。
その時教室のドアが開き、覇王が入って来る。
30分の遅刻にも関わらず、堂々とした入りっぷりに教室中にいた生徒がざわめいた。

(な、なめてる・・・)
(30分の遅刻とは、筆記試験など眼中にないと言う事・・・)
(あれ程の実力がありながらどうしてそう不真面目なんだ、遊城十代!)
(どうしてあんな奴がクロノス教諭に勝ったんだ!?)
(どうして・・・)

大徳寺から試験問題を受け取った覇王は翔の隣にある自分の席へと歩いてくる。
そして座り、問題を解こうとすると横から自分に対して謝ってくる声が聞こえてきた。
チラリと完全に寝入っている翔を覇王は見る。
覇王は目を細めると、足で翔の爪先を踏んだ。

「いったぁ!!え!?覇王?」
「何を謝っているのか知らんが、さっさと問題を解け。寝るな」
「うるさいぞ、オシリス・レッド。静かにしろ!テストを受ける気がないなら出ていけ!!」

爪先の痛みに翔が声を上げると、翔の寝言でイライラが溜まっていた万丈目が怒り出す。
あまりの剣幕に翔はビクッと頭を竦めた。
そんな万丈目に覇王が一言「悪かった」と言って、静かに席に座る。
まさか覇王が謝るなんて思ってなかった翔と万丈目は呆けたように口を開けた。
それから教室は静かになり、紙が擦れる音とペンの音ぐらいしか聞こえなくなった。
しばらく経った頃、教室の後ろのドアが小さく開き、不気味な笑顔を浮かべたクロノスが顔を覗かせる。
後ろのドアから一部始終を覗いていたクロノスは教室に響かない程度にほくそ笑んでいた。

(試験問題はカンニングを防ぐ為に個々の内容なノーネ。ドロップアウトボーイのはその中でも最上級に難しい問題なーノ。それなのに30分も遅刻。これで筆記テストは絶望的ーネ!あとは実技テストが、うっへっふふ!楽しみ―ノヨ)

『これで筆記テストは終了〜。なお、実技テストは午後2時から体育館で行いまーす』

試験終了の合図に大徳寺がマイクから声を出す。
それを皮切りに生徒たちが我先にと教室から出ていく。
根が真面目な万丈目は自分が書いた答えが合っているかどうか問題用紙を確認していたが、取巻と慕谷が焦ったように声を掛けると慌てて出ていった。
覇王のおかげでどうにか眠らずに試験問題を解き切った翔は机に突っ伏したまま、不思議そうに急いで出ていく皆を見ていた。
覇王はというと、気にせず試験中掛けていたメガネをキレイに拭いていた。
そんな動こうとしない二人に三沢が近付いてきた。

「キミたちは行かなくて良いのかい?」
「行くって・・・どこへ?ていうか皆どこに行ったんスか?」
「購買部さ。なんせ、昼休みに新しいカードが大量入荷される事になってるからな」
「え、ええぇぇええ!!?カードの大量入荷!?」
「皆、午後の実技テストに向けて、デッキを補強しようと買いに行ったんだよ」
「み、三沢君は?」

机に手をついて斜め上から覇王たちを見るという無駄にカッコいいポーズで説明する三沢。
足をクロスさせているのが長さを自慢しているようにしか見えない。
翔はこのイケメンが・・・と内心イラッとしたが、一応聞くと「ボクは今のデッキを信頼している。新しいカードなんか必要ない」という返事が返ってきた。
良いセリフなのだが、翔はアニキか覇王が言えば心に響いたのに、と残念に思った。

「あー・・・、覇王はどうするんスか?」
「・・・今、新しいカードは必要としていない。だが、購買部に野暮用がある」
「えっと、つまり行くって事っスね?」

覇王は頷くとメガネケースにメガネをしまい、教室から出ていく。
翔も荷物をまとめ、追いかけた。
三沢は覇王と会話出来なかった事に残念そうな顔をしたが、気を取り直して体育館へと向かった。






覇王と翔がゆっくり歩いてる頃、購買部では事件が起こっていた。
なんと、船やヘリコプターで厳重に運ばれてきたレアカード全てが、誰かに買い占められてしまったのだ。
それは帽子で顔を隠したひょろ長い体付きの学ランの男という謎の人物による仕業だった。
これが奪われたとかいう話ならば違ったのだが、この人物はちゃんと代金を支払っている。
生徒たちはその正当な行為に野次しか飛ばせず、悔しそうな顔をしていた。
すごすごと購買部から出ていく皆。
万丈目たちも例外ではない。

「誰だ?アイツ・・・。カードを買い占めやがって!」
「全然買えなかった・・・。どうすんだよ、午後の試験」

取巻と慕谷が文句と不安を口にする。
前を歩いていた万丈目は振り返り、二人を見据えた。

「慌てるな。たかが月一テストで、新たなカードを仕込む事もない。どうせオベリスク・ブルーに俺を倒せる者などいないからな」
「しかしそのお相手が遊城十代だったらどうなノーかな?」

確固とした自信に満ち溢れた言葉に二人の表情が明るくなったその時、万丈目の力量を試すような声が聞こえてきた。

「何?」
「今のデッキで十代に勝てるのですカー?」

万丈目たちが声のする方向に顔を向けると、脇の階段の踊り場にあの謎の人物がいた。

「なっ?お前はカードを買い占めた・・・!?」
「そのカードならー今ここにーありますーノー!」

取巻の言葉に黒いコートをバッと広げる謎の人物。
コートの裏側にはびっしりとカードが貼り付けられている。

「お前は、誰だ!?」
「カードなど買い占め、どうするつもりだァ!?」
「にっひひひひー!まーだ分からないーのですカー?シニョール万丈目ー?ワタシのー正体ィをゥ!!」

勢いよくコートと帽子を脱ぎ捨てるその謎の人物の正体は!?

「遊城十代に負けたクロノス教諭!?」

万丈目の身も蓋のない言葉にずっこけるクロノス。
謎の人物の正体は学ランにコスプレしたクロノスだった。
いい歳こいて何してんだこの先生は・・・という三人の冷たい目がクロノスを刺す。
クロノスはそれに冷や汗をかきつつもすぐに体勢を戻し、真剣な表情で万丈目に語り掛けた。

「遊城十代のようなドロップアウトボーイ、早いうちにエリートである貴方が!叩き潰さなければいけませーんノ。だからワタシは貴方に申し付けますーノ。十代と戦いなサーい!」
「でも、実技テストは同じ寮の者同士で行われるんじゃ?」

冷静な万丈目の言葉にクロノスは高笑いする。

「まっかせっなさーい、ですーノ。そしてワタシたちエリートこそ、レアな存在だという事を、あのドロップアウトボーイに思い知らせてやるーノですー!」