揉まれ初めは痛くて仕方がなかったが、電流に比べたらそこまでじゃないと亮は気付き、痛気持ち良いと思えるようになった。
そうなると何だか眠気の波がやってきて、うつらうつらしてくる。
こんな所で寝たら十代に迷惑が掛かる・・・と思い、目を開けていたのだが、とうとう眠気に負け、目を閉じてしまった。


かい・・・ざー・・・かいざー・・・!


ふわふわとした夢うつつの中、懐かしい呼び方で呼ぶ十代の声が亮の意識に届く。

「カイザー!」

その声がはっきりと聞こえ、亮はハッとした。

「すまない、十代。少し眠ってしまったようだ・・・」

頭を振り、眠気を覚ますと亮は目を開く。
そして十代の方を見て瞠目した。

「じゅ、十代!?」
「ん?何でそんな驚いた顔してるんだ?オレの顔に何か付いてるのか?」

ペタペタと自身の顔に手を当て確かめる十代を亮は大きく開いた目でまじまじと見る。

「十代、その姿は一体・・・?」

目の前にいる『十代』はどう見てもどこか垢抜けない印象だった異世界帰還前までの姿。
キラキラと輝く大きな瞳、もっさりとした跳ね髪、丈の短い赤いジャケットなどなど・・・。
現在のどこか気だるげな大人っぽい容姿とは明らかに違う。
差異点を発見した事で、亮は自分がいる場所もおかしい事に気付いた。
亮がさっきまでいた場所は温泉だったはずなのに、今いる場所は灯台。
しかも自分の姿を見てみれば、懐かしいオベリスク・ブルーの制服。
それに何だかとても体調が良い。このまま走れそうだ。
思わず心臓の辺りに手を置いて鼓動を確かめると不整脈なんて全く感じなかった。
驚愕の事態に固まる亮。
その顔の前で『十代』は手をヒラヒラと振る。

「どうしたんだ?・・・まさか、寝惚けてんの?カイザー」

珍しいなぁと可笑しそうに笑う『十代』。
無邪気に笑う姿を見て、カイザーは眩しいモノでも見るかのように目を細めた。
夢なんて生涯一度も見た事がない亮は確信は出来なかったが、どうやら自分は夢を見ているらしいと思った。
仮定する事によってようやく気持ちを落ち着けると、楽しめる余裕まで生まれてくる。
亮は目が覚めるまでこの素晴らしい夢を堪能する事に決めた。

「十代。今日は何をしに来たんだ?」
「もちろんデュエル!決まってんだろ!」

デュエル!デュエル!とはしゃぐ十代。
亮はそんな『十代』を見てクスッと笑うと、頭に手を伸ばし、撫でる。

「うわっ。何だよカイザー?」
「あまりにも懐かしい反応で・・・」
「?」
「いや、何でもない。いきなり撫でて悪かった」
「別に悪くなんかねぇぞ?オレ、カイザーに頭撫でてもらうのすっげー好きだし!」

ニコッと笑う『十代』を見て、亮は衝動的に抱き締めた。
突然黙って抱き締めてきた亮に『十代』は不思議そうな顔をしながらも大人しく抱き締められる。

「どうしたんだよ、カイザー?寒いのかぁ?こんな所で寝てたから風邪ひいたのかもな」

抱き締めても恥ずかしがらないし、見当違いな事を言う。
そんな十代を久方ぶりに目の前にし、亮は感動していた。
大人になった十代はあまり素直じゃなく、すぐに逃げようとする。
本当は抱き締めて欲しいくせにと言うと、図星をつかれた事に拗ねて不貞腐れてしまうのだ。
亮はそんな十代を愛しているのだが、昔のようにたまには思いっきり抱き締めたいし猫っ可愛がりたいという願望がある。
それが夢の中ではあるが叶ったので感動したのだ。

「カイザーの調子が悪いんだったら、今日はデュエルやめとこっか。また今度な」

ずっと抱き付いたままの亮に飽きたのか、『十代』はあっさりとそう言うと自分を抱き締める腕を解き、背を向けた。
スタスタと歩き去っていく『十代』に、亮は呆然とする。
そういえば一年生の頃の『十代』は鈍感過ぎてフラグクラッシャーだったと思い出した亮。
今では亮の気持ちを察してくれるので忘れていたのだ。
慌てて追いかけようと足を踏み出すと何故かつんのめる。

「う・・・っ!?」

バランスが崩れて倒れた先は海。
盛大な音を立てて落ちた亮を見て、振り返った『十代』がケタケタと笑っているような気がした。











海に落ちた亮は驚きを一回りして冷静になっていた。
先程までずっと海上に出ようともがいていたが、全く上がれないし、どんどん沈んでいく。
なのに未だ底に着かないまま。 でも、息は出来るから別に問題はない。
これはもう夢なんだから流れに任せるしかないなという思考に落ち着いたのだ。
ユラユラと揺れる体。
まるで胎児に戻ったみたいだと呑気な感想まで出る亮は、かなり肝が据わっている。
その時、亮は底の方に黒い何かが見えてきた事に気付いた。
ジッと視るが、それが何なのか分からない。
そうこうするうちにそれが近付き、亮は手で触れてみた。
すると強い力で引き摺り込まれ、亮は慌てて抵抗するも空しく吸い込まれてしまった。
真っ暗闇を落ち、底に叩き付けられる亮。
その割には痛くなく、さすが夢だなと亮は変な感心をした。
うつ伏せに倒れた体を起き上がらせ、亮は辺りを観察する。
真っ赤な絨毯が敷かれたそこは大広間のようだ。
壁に掛けられた松明の光だけが照らすその空間は薄暗い。
ふと自分の姿を見るとさっきとは違い、ヘルカイザーの格好になっている事に気が付いた。
それを認識した途端、キリキリと心臓が痛みだす。
グゥ・・・ッと呻いて亮は右胸を押さえる。
異世界にいた時と同じ痛みにまさか・・・と亮はある考えが頭に浮かんだ。

「無様な姿だな、ヘルカイザー亮・・・」

聞きなれた声。
しかし、それより少し低めの声が大広間に響き渡る。
亮は声が聞こえた方に視線を向け、目を凝らした。

「オレの認めた男がそのような情けない体勢でいるな。不愉快だ」

眼を凝らした先には、亮の予想通りの人物が冷たい金の瞳を光らせて頬杖をつきながら座っていた。

「覇王・・・!どうして・・・!?」
「どうして?それはお前がオレと戦いたいと望んだからだ」
「俺が望んだ?」
「お前が勝利だけを貪欲に求め続ける男だった時、そう望んだだろう。だから俺は、お前の前にいる」

黒衣を身に纏った十代は、異世界で対峙した時と同じ威圧感を亮に向けて放っていた。
驚きのあまり、未だ膝立ちのままの亮。
そんな亮を見て、覇王の金の眼が眇む。
そして玉座から立ち上がるとその身を屈ませ、手を近づけた。

「弱弱しい心の音をさせおって・・・。聴いていると不快になる」

憎々しげなその声とは裏腹に亮の髪をすくように撫でる覇王。
その撫で方が十代と一緒で、亮の闘争心が火を消すように萎んでいった。
デュエリストの本能で強い者と戦いたくなる習性はあるが、愛する人を連想させる行動を感じたらそんな気は失せてしまう。
戸惑ったように見つめる亮に覇王は優しく撫で続ける。

「どうした・・・。オレと戦わないのか、ヘルカイザー亮」
「俺は・・・」
「ふん・・・。無理だろうな、その身体では。よしんば出来たとしても、互いが満足のいく過程を生み出せんだろう」

覇王は冷たい瞳で見下ろすと亮の肩に手をやり、グッと押した。
思ってもみなかった行動に亮は抵抗出来ずに押し倒される。
顔の横に手を置かれ、至近距離で見つめ合う二人。
亮は覇王の瞳に間抜けに見える、口を開けっぱなしの自分の姿が映ってるのを確認して口を閉じた。

「な・・・、何をするんだ。覇王」
「オレは十代と違って、率直な言葉で伝えられん。デュエルが出来ないのならこうするしかあるまい」

スッと眼を閉じて亮の右胸に口付ける覇王。
それを認識し、亮の身体が燃えるように熱くなる。

「・・・激しい命の鼓動が聴こえるな」
「一体何をしてるんだ覇王!?」
「お前はさっきから疑問しか口に出さないな。他の言葉を知らないのか」

ならば無駄な口は閉じさせるとしよう・・・と覇王は囁くと亮の唇と自身の唇を重ね合わせた。
ビクッと震わせて身じろぐ体を押さえつけるように体重をかける覇王に、亮は目を見開く。
すると、あの覇王が俺にキスするなんて・・・青天の霹靂だな、とまたもや驚きを一周して冷静さが戻って来た。
冷静さが戻れば覇王の行動の意味も分かる。
そして亮は、拙いキスを仕掛けてきた可愛い覇王に意趣返しをする事に決めた。
放りっぱなしだった腕に力を入れ、グイッと覇王の細腰を引き寄せる。

「なっ・・・!?」
「お前のターンは終わりだ。今からは・・・俺のターンだろう?」

覇王と自分の体を反転させ、ニヤリと笑う亮。
その悪い笑みに無表情だった覇王の顔が赤くなった。
蕩けそうな程に潤んだ金の瞳。
それに自分は欲情していると気付いた亮は性急に唇を奪った。
口付けの合間に聞こえる小さな喘ぎ声に欲望は加速する。
欲に忠実な亮に覇王はキスの合間にフッと微笑んだ。
それを目にし、亮の動きが止まる。
淡く微笑むその表情は十代とはまた違った魅力があり、魅入ってしまう程のものだった。

「ふふ・・。その不自由な身体でこの覇王の心をここまで揺さぶるとはな。感心したよ、お前には。だが」

覇王はそう言うとパチンと指を鳴らす。
すると亮の下から覇王の体が消えた。
いきなり消えた覇王に亮は目を瞬かせる。

「な・・・?覇王!どこだ!」
『ここから先はお預けだ。進みたいのなら、万全の体調に戻す事だな。亮』

反響する声が亮の耳に届き終わった瞬間、床に穴が開いた。
重力には逆らえず、暗い穴の中に落ちていく亮。
もがいてもダメな事は海の件で体験済み。
良い夢なのにさっきから寸止めばかりじゃないかと亮は苛立つのだった。











しばらく落ち続けたが、代わり映えのしない光景に飽き、亮は目を閉じて悶々と考えに耽っていた。
一年生の頃の十代、覇王の十代ときたからには次に出るのは大人になった十代だろう。
また手を出す前に落とされてはかなわない。
せっかく体が動くのだから次こそは・・・不穏な事を考えていると温かな感触が手に触れた。
来たか・・・と思い、目を開けると予想通りの存在が目の前に立ち、亮の手を握っている。
しかし、何故かすごく不機嫌そうに亮を睨んでいた。
訝しんだ亮が首を傾げると十代が口を開く。

「・・・さっきまで随分と楽しんでいたみたいじゃないか」
「え・・・?」
「撫でたり、抱き締めたり、キスしたり」
「!」
「子供だったオレ、覇王だったオレ・・・そして大人になったオレ。亮はどのオレが好きなんだよ?」

もし、別々の人間だったら、亮はどのオレを選ぶんだ?
そう十代が囁くと、亮を囲むように一年生の頃の『十代』と覇王が現れた。

「じゅ・・・十代が増えた・・・!」

驚いて後ずさる亮の背中に『十代』がしがみ付く。

「カイザーはオレの方が好きだよな?そうだろ?」

亮にとって『十代』は初めて好きだと思った初恋の相手。
底抜けに明るくて、まるで太陽のように眩しい存在で、会うたびに心惹かれた。
自分にはない無限の可能性を秘めた『十代』とのデュエルは、どのデュエリストと対戦しても忘れられない、最高のものだった。

「覇王になったオレは嫌いか・・・?」

答えに窮している亮に今度は覇王が問い掛ける。
捨てられた猫のような目で見つめる覇王の金の瞳に亮はたじろいだ。
亮にとって覇王は会話やデュエルも出来なかった、未知の存在である。
残酷で冷酷な最強のデュエリスト。分かっているのはそれだけ・・・。
だが、他者を排他する覇王が自分だけを求めているなんて、とても甘美な誘惑だった。

「亮・・・、オレは・・・」

戸惑う亮の耳に十代の声が届く。
亮の手を強く握り締めながらも、寂しそうな表情をしている十代。
異世界帰還後の十代は人と距離を取りだし、引き篭もりがちになった。
素直になれなくて、恋人である亮にもつんけんした態度を取りつつも傷付けていないか不安がってる、人の気持ちに敏感な、陰から助けるヒーロー。
大人になってから少し不器用になった十代が亮はとても愛おしかった。

「カイザー!」
「・・・」
「亮・・・」

三人が亮の返事を待っている。
どちらかを選ばなくてはいけないのか?
そんな事は無理な話だった。
考えるまでもない。

「選べる訳がないだろう。俺は・・・全員好きだ。十代という人を構成している全てを俺は愛している」

たとえ別人のようであっても、亮が愛した十代に変わりはない。
もし、別々の人間になったとしても、十代の髪の毛一本すら惜しむ亮が一人を選ぶなんて無理な話なのだ。

「無邪気だろうと、残酷だろうと、ひねくれていようと、それは十代だ。どんな十代だろうと、それが十代の一部なら俺は嫌いになんてならない。俺にとって全てが愛おしい」

カイザーの言葉に三人の十代は目を合わせた。

「カイザーってば欲張りだなぁ」

『十代』は尊敬したように亮を見つめる。

「貪欲な男だ・・・」

覇王は腕を組み、やれやれ・・・と言いたげに息を吐いた。

「でもま、仕方ねぇか・・・。子供だった時も覇王だった時も今の大人も合わせて十代だもんな。オレの全てを愛してくれてありがと、亮・・・」

最高の殺し文句だったぜ。
そう言うと、ガッチャのポーズをして十代が消えていく。
『十代』と覇王も消えたようだ。
そして亮の目の前が白く染まっていった・・・。





グラグラと揺さ振られ、亮はハッと目が覚める。
心配げに亮の顔を覗きこんでいた十代は、亮の目がようやく開いた事で安心したように肩をすくめた。

「やっと目が覚めた!いつまで寝てんだよ。もしかして死んでるんじゃないかと冷や冷やさせられたぜ、まったく・・・」
「十代・・・ここは現実か?」

心配したと素直に言えない十代は冗談を口にするが、亮の言葉に青ざめる。

「・・・・・・え?マジで死んでたの、亮?」
「勝手に殺すな・・・。さっきまで夢を見ていたんだ」
「アンタが夢を?へぇ〜・・・。どんな夢?」

亮が夢を見たなんて一度も聞いた事がなかった十代は興味深そうに聞いた。
だが、亮の次の言葉に目を見開く。

「一年生の十代と覇王と今の十代に迫られる夢」
「な・・・な・・・」
「最終的には俺の取り合いになってな・・・、大変だった」
「まったく・・・アンタって人は・・・なんて夢見てんだ・・・ッ!!信じらんねぇ!このバカ!変態!」

十代の大変な剣幕に亮は仰け反った。
こんな風に怒られたのは初めてで目を丸くする。

「じゅ、十代?」
「ずっとヤってなくて欲求不満だからそーいう夢見るんだ!オレだってシたいんだから早く元気になれ!このバカイザー!!」

大きな声で本音をぶちまける十代。
そして勢いに任せてとんでもない事を口走った事に気付いたのだろう。
カァッと耳まで真っ赤になった十代は亮に背を向けた。
そんな十代に愛しさが込み上げ、亮はどうしようもなくなる。

「十代」
「・・・何」
「キスしたい・・・。ダメか?」

いきなり求められ、十代は目を見開いて驚いた。
あー・・・うー・・・と呻いて、恥ずかしそうに俯く十代。
黙り込む十代に亮は諦めず返事を待つとボソボソと呟いた。

「そーいうのは聞くもんじゃないと思う・・・。恥ずかしくなるだろ、亮・・・」
「では、今度からそうしよう」

亮はそう言うと十代の両頬に手を当て、軽く口付けた。

「早く元気にならないとな・・・。セックスどころか、深いキスすら出来ん」
「・・・そ、そうだな。(亮が元気になったら大変だな、オレ・・・)」

唇を離し、悔しげな表情で呟く亮を見て遠い目をする十代。


その後、真剣にリハビリを取り組みだした亮に対し、引き攣った笑みを浮かべる十代がいたのだった。