目を開けた時、視界一杯に遊星の顔があって十代は驚いた。
まるで初めて会った時みたいだなと苦笑すると十代は遊星の目から零れる涙を手を伸ばして拭ってやった。
そう、遊星は泣いていた。
十代の顔の真上で泣いているので、まるで雨のように落ちてくる涙。

「泣くなよ。遊星・・・」

自然に出てきた言語に十代は驚く。
もしかして死んだからかなと思った十代は微笑んだ。
散々嫌な目に遭わされたけど、最期にこんなプレゼントくれるなんて憎めないよな、神様って・・・。

「遊星・・・。オレ、お前が、お前が好きなんだ・・・」

鳴き声で伝えたってどうせ・・・と諦めて、十代はずっと心に秘めていた。
でも死ぬ瞬間、思ったのだ。
言葉が分からなくても、態度に出せば、気持ちは伝わったのではないかと。
そう思って十代は後悔した。
だから今。
人の言葉が話せる今。
十代は自分の全ての想いを込めて告白する。

「好き・・・。好きだ、遊星・・・」
「十代さん・・・!?」
「・・・愛してる・・・」

きっとこれは現実じゃない。
神様がみせた、ただの幻想なんだろうと十代は思っていた。
頬に落ちる涙もなんだか非現実的で、感覚が分からなかった。
なのに突然抱き締めてきた遊星の温もりは十代の脳髄を痺れさせるほど直接的に伝わった。

「へ?」
「なんで・・・!なんであなたは・・・!」

遊星の強く、しかし柔らかい抱擁に十代は眼を見開いた。

「さっきまで本当に死んでいたんですよ!?息してなくて、心臓も止まってて・・・!」
「死んでた?じゃあ、オレ、今・・・生きてんの?」
「生きてます!!十代さんはちゃんと生きてます!」
「え?え・・・?じゃ、何でオレ・・・喋れてるんだ?」

生きている。
確かに死んだと思ったのに、十代は生きていた。
そして何故か話せる。
驚きに十代は遊星を押し退け、自分の体を触って確かめる。

「ない・・・!猫耳も尻尾も・・・!」

押し退けられた遊星はそんな十代を見て、静かな声で告げた。

「・・・あなたはもう『猫』ではありません。俺が治療しました」
「ね、『猫』じゃない?どういう事だよ!?治療したって・・・」

理解出来ない事実に声を荒げる十代。
だが、遊星の表情がとても沈鬱で、何故かとても自己嫌悪しているように感じて、十代の言葉は尻すぼみに消えた。
少し落ち付こうと立ち上がり、深呼吸する。
落ち着くと周りも見えてきた。
どうやらここは遊星の部屋ではなく何処かの病室ではないかと十代は思った。
真っ白な部屋と寝かされていたベッドは生活臭が何もしなかった。
十代はきちんと座り直し、遊星をジッと見る。

「・・・どういう事か、ちゃんと説明してくれ」
「はい・・・。十代さんにはずっと黙ってましたが、俺の正体は遺伝子工学の研究をしている博士なんです。その研究の一環で俺は十代さんが所属していた組織について調べていました」
「って事は・・・オレの事知ってたって訳・・・?」

頷く遊星に十代は引き攣った笑みを浮かべた。
まさかの遊星が自分の汚い過去を知っていたという事実に十代はもう笑うしかない。

「『猫』は人権を無視された裏社会の被害者です。俺は『猫』を救う為に治療法を確立し、そして買った相手を潰してきました。最終的には組織を潰し、全ての『猫』たちを救うのが俺の目的でした」
「・・・テレビのニュースで組織が壊滅したって聞いたけど・・・アレって・・・」
「はい。俺が潰しました・・・。しばらくマンションに帰られなかったのはそのせいです」
「そっか」

誰が潰したとしても十代にとってはどうでも良かった。
それが遊星だとしても、ああそうなのかとしか思わなかった。
そのどうでもよさそうな感情が遊星に伝わったのだろう。
遊星は自嘲するような口調で話し始めた。

「俺が組織を完膚無きまでに壊滅させてやろうと思ったのは、十代さんが今まで酷い目に遭ってきたと知ったからです。だから早く十代さんを安心させようと一心に取り掛かってきました。ですが、それは間違いでした・・・」
「間違い?」
「俺は・・・十代さんが一番に望んでいた事を見誤ったんです。十代さんの望みは組織の壊滅なんかじゃなかった」

遊星はベッドから少し離れた椅子に座り、顔を手で覆った。

「一番に想ってたつもりなのに、肝心の十代さんを俺はこんな目に遭わせてしまった・・・。俺は、あなたに愛される資格なんてない」
「は・・・資格って何だよ・・・?」
「分かってますか、十代さん?俺は『猫』を救う為の治療法を知っていたんです。それなのに俺はあなたを治療しなかった」
「あ・・・」
「・・・俺は、あなたを騙して監禁していたんです」

予想外の発言に十代は目を丸くする。

「組織について調べた時、一番最初に知ったのがあなたの存在でした。実験体番号110・・・従順で淫乱な『赤い猫』と呼ばれ、組織一の稼ぎ頭と情報を聞いた時、どんな存在か気になりました」
「・・・」

遊星の口からハッキリと自分の過去が語られて、十代は視線を俯かせた。
あの時はこうするしかなかったと分かってはいても、好きな人には知られたくなかった。

「変装して組織に潜入した時にあなたを一目見て、俺は恋に落ちました」
「へ?こ、恋に落ちた?」

落ち込んでいた十代はまさかの発言に素っ頓狂な声を上げてしまった。
遊星は真面目な顔で十代の目を見つめて語る。

「外道なあの組織に居ても十代さんの心が腐ってない事はすぐに分かりました。何か強い意志をあなたから感じて・・・、俺は目が離せませんでした」
「強い意志・・・」

十代の心は澱んだ気持ちでいっぱいで腐ってないわけじゃない。
でも、悟られないようにしていた反骨心を一目見ただけで見破るなんて・・・と十代は驚いた。

「それまで研究の通過点としか思わず何の思いも感じてませんでした。ですがあなたを見て、俺の目的は十代さんを助け出す事になったんです」
「オレを救おうとしてくれたの・・・?」
「ええ・・・。ですがあなたは俺の手助けなんてなくても自力で這い出せる人だった。十代さんは・・・俺の考えの上をいく人だ」
「遊星・・・」
「いなくなったあなたを俺は必死に探した。だから・・・帰り道に見つけた時は神に感謝すらしました」

十代が遊星のマンションの近くの路地裏に倒れていたのは偶然である。
だが、それは神が巡り合わせた奇跡に等しい。
遊星はあの時の感動を思い出し、身震いした。

「十代さんを助けてすぐ、本来なら十代さんを治療しなければならないと頭では分かっていました。ですが、きっと十代さんは治療して『猫』ではなくなったら、もう俺はあなたと関われないと思ったんです」
「だからオレをどこにも行かせないように何も知らないふりしたって訳・・・?」
「あなたを傍におきたかった!俺を知って欲しかった!十代さんを愛していたから・・・」
「・・・」
「十代さんが家族の事を思い出して哀しそうな顔をしている時、俺は自分の行いに後悔しました・・・。けれど、十代さんが俺を見てくれようになって嬉しかった。俺に笑い掛けてくれて幸せだった。結果、もっと喜ばせたくて俺は暴走してしまいました・・・」

遊星はまた顔を覆い、十代の視線が見えないようにする。
懺悔するように話す遊星を十代はただジッと見た。

「寿命が猫と同じになっていたと知らなかったとはいえ、それを防げなかったのは俺のこのエゴのせいです。十代さんを騙して、結果こうなった。俺は自分が許せない・・・!」

組織をようやく壊滅させ、それとなく伝えようといつもより早くマンションに帰ってみれば、そこには心肺停止状態の十代がいた。
あの時の絶望感は二度と味わいたくないモノだった。
死に物狂いで十代を生還させ、もう過ちを起こさないように遊星は『猫』から人間へと治療した。
十代が目覚めたら全てを告白しようとずっと遊星は傍で見守っていた。
そして今、全て告げ終わり、十代に別れを切り出そうと遊星は唇を震わせながら口を開く。

「俺みたいなヤツより十代さんにはもっと相応しい人がいる・・・だから」
「なぁ、遊星。その事実を知っても、オレはお前への気持ちは変わらなかったぜ」
「十代さん・・・」
「お前はオレを騙してたって後悔してるけどさ、お前がくれた幸せは本物だろ?」

十代のその言葉に遊星はハッと顔を上げる。
十代は遊星を見つめ、微笑んだ。

「名前で呼んでくれて嬉しかった。一緒に飯食って美味かった。抱き締められて安心した。お前が笑うとドキドキした。遊星と過ごす日々、その全てが幸せだったんだ。・・・オレに幸せってのを教えてくれたのは、お前なんだぜ?」
「オレが・・・あなたに幸せを・・・?」
「もっとオレに幸せをくれよ、遊星。オレを幸せに出来るのはお前しかいないんだ」

十代は渾身の力を込めてベッドから降り、遊星に一歩近づく。
頼りない足取りで自分の元へと歩み出した十代の姿に遊星は戦慄き、叫んだ。

「良いんですか!?こんな俺があなたを愛して・・・ッ!」

たとえ十代が許したとしても、こんなにも十代を弱らせたのは遊星のエゴなのだ。
そのエゴがまた十代を傷付けるかも知れない。
だから遊星は、愛してるが傷つけたくない故に遠ざけたいのだ。
なのに十代は――――――・・・

「オレを惚れさせたのはお前だぜ?責任とってオレを愛せよ」

何もかもを許す、まるで聖母のように慈愛の溢れた表情でこう言うのだ。
遊星は涙を流し、膝をついた。

「ふ・・・ッ・・・くぅ・・・じゅう、だいさ・・ん・・・!」
「お前の傍にいさせてくれ。それがオレの一番の幸せなんだ」

床に座り込む遊星の前まで近付いた十代は、そっと遊星の頭を胸に抱く。
そしてわがまま言ってごめんな?と囁く十代を、遊星は強く抱き締めた。

「十代さん・・・一生!俺は、あなたを・・・一生愛し続けます・・・!!」

遊星の精一杯の告白に十代は本当に嬉しそうに頷いた。
遊星がした事は決して許される事ではない。
不当に身柄を拘束し、伝えなければいけない情報を隠した。
しかし、それで十代が不幸になった訳ではない。
十代は遊星のおかげで幸せを得たのだ。
過程がどうであれ、それが事実。
ならば何も問題なかった。
気持ちが通じ合った二人が、お互いを愛す。
遊星と十代は、こうして本当の幸せを手に入れたのだった・・・。
だが、これで終わりじゃない。
これからも十代の幸せは増え続けるだろう。
そして遊星の幸せも・・・。





二人の未来に更なる幸せが訪れますように。