「誰もいないって事は・・・もう全部売り切れちゃったんスかね、覇王」
ゆっくりとやって来てはいたが、そんなに早く売り切れるとは思っていなかった翔は辺りのガランとした様子に目を大きく開いた。
覇王は誰もいない事に構わず、レジへと向かう。
小走りに付いていく翔はレジに綺麗な年上のお姉さんが居る事に気付いて頬を赤らめた。
「はぁ・・・。綺麗なお姉さんっスね・・・」
「あら、ありがとう!キミたちも新しいカードを買いに来たのかしら?」
「あ、その・・・」
「ごめんなさいね。たくさん買っていった生徒さんがいて、もうこれだけなのよー」
覇王の野暮用に付いてきただけで買うつもりはなかったが、翔はお姉さんが取り出した1パックに目が釘付けとなる。
元々新しいカードが好きな翔はそれがどうしても欲しくなった。
それに、実技に向けてデッキを補強したかった。
「ど、どうしよう。覇王・・・」
だが、今日の出来事で覇王に負い目がある翔はそんな主張を口に出せなかった。
「・・・買わないのか?」
「え!?」
「欲しいのだろう?」
「う、うん。でも良いの?最後の1パックだよ?すごく良いカードが入ってたりとかするかも知れないっスよ?」
「言っただろう。今、新しいカードは必要としていないと。それに、オレはあまり十代のデッキを弄れん・・・」
最後の一言だけ小さく呟く覇王。
ただでさえ、知らない間にハネクリボーを入れたのだ。
これ以上加えたらさすがに疑問に思うかも知れない。
どうしても入れて欲しいカードがある時は目に付き易い場所に置いたりしているが、入れるかどうかは全て十代に任せている。
だから覇王は、いらないと言っているのだ。
そんな理由があるとは知らず、翔は覇王が自分に気を遣ってくれてくれたのだと思い、申し訳なさに俯いた。
「ボク、ボク・・・今日は敵同士だからと思って覇王に電話しなかったんだ」
「敵、か」
「覇王がテスト受けられなかったらそれだけで、ボクらの昇格のしやすさは格段に上がるから・・・」
「・・・気弱な男かと思っていたが、他人を蹴落とそうとする強い意思を持っていたとはな。感心したぞ」
思っていなかった言葉に翔は顔を上げる。
「怒らないの、覇王?」
「オレはそのような瑣末な事で怒りを覚えるような矮小な男ではない。・・・早く買え、丸藤。デッキを組み立てる時間がなくなるぞ」
「覇王ぅ・・・」
覇王の強い言葉に翔は涙ぐむ程、感謝した。
覇王への尊敬の念をさらに高める翔。
その時、レジの奥からあの覇王が助けた老婦人が出てきた。
「お待ちよ」
「え・・・おばちゃん誰っスか?」
「おばちゃんじゃないわよぅ。トメって呼んで。トーメっ!」
「来たぞ、トメ」
「知りあいなの?覇王」
「野暮用の相手だ」
「フフフフ!アンタの為にこれ取っといたよ。だってオシリス・レッドのアンタじゃカードの一つもなくっちゃさ。車を押してくれてありがとうね」
トメの手から渡されたパックにハネクリボーが反応する。
クリクリと騒がしく鳴くハネクリボーはデッキに入れてくれと覇王にせがんだ。
ドローしたカードはその時入れたカード・・・。
手札のハネクリボーは嬉しげに鳴き声を上げている。
ハネクリボーの思惑通りに運んだこの状況が嬉しくて仕方がないのだろう。
(目立ちたがりな奴だ・・・)
「オレはハネクリボーを守備表示で召喚」
愛想を振り撒きながら場に現れたハネクリボーに覇王はため息を吐く。
観客席の女生徒たちが可愛さにメロメロになって騒ぎ始めた。
「そして、カードを一枚伏せてターンを終了する」
「また守備表示だ・・・。アニキ・・・もう打つ手なしっスか・・・?」
翔の悲痛な声に三沢と明日香が心の内で否定する。
(いえ・・・!あのハネクリボーには・・・)
「俺のターン、ドロー。・・・無駄だぜ?戦闘ダメージを0にする、その毛玉ヤローがいたところで
「・・・」
「ハネクリボーを蹴散らして、十代へダイレクトアタックだ!アルティメット・デストラクション!!」
「もうダメだぁー・・・。ハネクリボーは一溜まりもない・・・」
破壊光線が真っ直ぐ発射されたその瞬間、覇王は後ろを振り返ったハネクリボーに頷いた。
「オレは手札二枚をコストに、『進化する翼』を始動!」
「「何ッ!?」」
勝利を確信していた万丈目とクロノスが同時に叫んだ。
ハネクリボーの体を覆うように金の龍が被さり同化する。
そして小さな羽が成長し巨翼となった。
その翼で攻撃を受け止めるハネクリボーに万丈目は大きく目を見開いた。
「どっ、どういう事だぁ!?」
「『進化する翼』により、ハネクリボーが進化。ハネクリボーは今、LV10となった。LV10の効果はその身を犠牲に攻撃表示モンスターを全て破壊し、その攻撃力と同じダメージを相手プレイヤーに与える。さぁ、ハネクリボー。全エネルギーをアイツに返してやれ」
『クリクリーッ!』
破壊光線が跳ね返され、
これにより、お互いの場はガラ空きとなった。
「うぅッ!くぅ・・・ッ、ターンエンド!」
「万丈目」
「!」
「これでお互いのライフは1000・・・。ここでオレが攻撃力1000以上のモンスターを引けば、終わりだ」
「何を戯言を!そう簡単に・・・!」
覇王の手札は0。デッキ枚数はまだまだある。
そう都合よく1000以上のモンスターが引ける確率なんて、低い。
なのに・・・なのに・・・万丈目は戯言と言いながらも、それが妄言ではないと分かってしまった。
不確定な未来の出来事だというのに、覇王が口にしたその言葉は確実だと万丈目のデュエリストとしての本能が叫んでいたのだ。
「オレのターン、ドロー。・・・オレはこのカード、E・HEROフェザーマンを召喚し、プレイヤーにダイレクトアタック!」
召喚された攻撃力1000のフェザーマンが万丈目に一閃!
ライフが0となり、万丈目は膝をついた・・・。
「やったぁぁぁあ!!やったぜアニキ!」
観客席の生徒たちがその見事な勝利に沸き立つ。
翔は嬉しそうに目を輝かせた。
そんな翔の肩を軽く叩き、三沢は下に行こうと促す。
その三沢も興奮でか、頬が赤くなっていた。
その頃、特別席にいたクロノスは思ってもみなかった覇王の勝利に口をアングリと開けていた。
「ぅあ・・・。あれだけのレアカードを持ちながら負けてしまうーノなんて・・・」
「さすがにクロノス教諭に勝っただけの事はありますね」
何も言わず、共に特別席で見ていた鮫島校長が言った一言にクロノスは歯を食い縛った。
「校長、失礼するーノぉぉ・・・!」
ドスドスと音を立てて退出するクロノスに鮫島はクスクスと笑う。
そしてマイクを手に取り、下にいる覇王の方へと目を向けた。
すると、ちょうど下に下りた翔と三沢が覇王に話し掛けていたところであり、覇王に友人が出来ていた事が分かった鮫島は微笑んだ。
『見せてもらいましたよ、遊城十代。キミのデッキやモンスターへの信頼、勝負を捨てない決闘魂を!それはここにいる全ての者が認める事でしょう。そしてキミの筆記テストは先程採点され、満点である事が分かった。よって、勝者遊城くん。キミはラー・イエローに昇格です!』
校長の言葉に全員が歓声を上げる。
遅刻したのにも関わらず満点。そしてあの万丈目を打ち破った実力。
全てが申し分なかった。
翔は寂しそうにしながらも覇王を称えるように見上げ、三沢は同じ寮への歓迎を込めて覇王に手を差し出した。
だが、覇王はそれに目を向けず、特別席にいる鮫島を強く睨み付けていた。
何かおかしい覇王の様子に周りがざわつく。
鮫島はその強過ぎる眼光に苦笑した。
『分かってますよ。キミの入学条件はオシリス・レッドに所属する事・・・。キミの望み通り、昇格はなしにしましょう』
驚愕の新事実に周りが驚きの声を上げる。
本来ならば覇王は最初からラー・イエロー所属だったのだ。
三沢は通りで実力に相応しくない寮にいた訳だと納得し、同じ寮に住む事はなさそうだと残念そうに覇王を見つめた。
「という事は・・・覇、いやアニキと離れ離れはなしって事っスか!?」
翔はわなわなと震えながら覇王の返事を待つ。
覇王は翔をチラリと見て、一つ頷いた。
「うわぁぁぁん!!アニキ〜ッ!ボク嬉しいよ〜!またアニキと一緒だなんてぇぇ・・・!」
そう言って感激のあまり、抱き付こうとする翔に覇王は眉をしかめ、身軽に避けた。
しかし、今日ぐらいは泣かせてくれーッと言って諦めず抱き付きにこようとする翔。
予想外に暑苦しい翔に覇王は逃走した。
追い駆ける翔。
そんな二人を不思議な生物を眺めるような眼で体育館にいた人全員が見つめたのだった・・・。