「お、おおおー」
「な、何なんだ、コレは?」

周りが真っ黒の澱んだ空間に十代とタイタンは立っていた。
異常事態にタイタンは慌てふためく。
十代はこれもまたタイタンの手品かと呆れたように声を出した。

「お前・・・。まだ性懲りもなく」
「違う!私は何もしていない・・・!ん!?」
「な、何だ?」

闇の中からうぞうぞと無数の巨大なヒルのようなモノが這い出してきた。
それらは一番近くにいたタイタンに猛然と襲いかかる。

「く、くっ来るなぁ!うわぁぁぁ!助けぇぇ・・・!!」
「おい!」

助けを求める声に思わず一歩足を進めるが、十代にもぶよぶよした黒いオバケがにじり寄って来ているのに気付き、踏み止まる。

『クリクリー!クリー!』

その時、デッキをセットした場所から鳴き声が聞こえた。
十代がデュエルディスクを見るとそこから毛玉がわさわさと出てくるではないか。

『クリクリー!』
「ハネクリボー!そうか!さっきオレを助けてくれたの、お前なのか」

ポンっと飛び出し、十代のカードを持つ手にとまったのはハネクリボーだった。
デッキから現れた光景から十代は先程の光の玉の正体を見抜く。
ハネクリボーは十代の足元に飛び、周りのぶよぶよを牽制する。

『クリクリー!』

ハネクリボーの可愛らしい牽制。
それに対して怯えるように呻き声を上げて遠退いていくぶよぶよを十代は面白そうに眺めた。

「コイツら、ハネクリボーが怖いのか?」

そうこうするうちにぶよぶよに取り込まれていくタイタン。
とうとう口の中にまでドボドボと大量のぶよぶよに侵略されていくその姿に十代はウェ・・・と顔を歪ませる。

「お、おい!大丈夫か?」

ハネクリボーがいて良かったと思いつつ、一応声を掛けてみる。
するとぶよぶよを体に取り込んだタイタンが仮面の奥の目を赤くギラつかせ十代を睨みつけた。

「遊城十代・・・。さぁ、デュエルを続けようか。本当の闇のゲームを」
「まだ闇のゲームとか言ってやがる!第一お前!逃げるんじゃなかったのかよ!」
「闇のゲームが発動した以上・・・、デュエルの勝敗が決するまで、ここから逃れる事は出来ない・・・」
「そっちがやる気なら付き合うぜ!まだターンはオレの続きだ!オレは魔法(マジック)カード『死者転生』を発動!手札の一枚を捨て、墓地にあるモンスターカードを一枚手札に加える。オレはスパークマンを手札に戻し、守備表示で召喚!ターンを終了する」
「私のターン。ドロー」
『万魔殿』(パンディモニウム)の効果は消えている!したがってスカル・デーモンには、500ポイントの維持コストが発生するぜ!」

タイタンのLP1900から500引かれ、1400となった。

「スカルデーモン、ダーク・カタパルターを攻撃。怒髪天衝撃!」
「ん?何だ・・・さっきまでとは全然違うぞ・・・。デュエルディスクを使ってデュエルしてるのに痛くない・・・」

たとえ守備表示だろうと倒された時の衝撃は十代の身を蝕んだのに、まるで感じなかった。
まるで柔らかい膜のようなモノが十代に対するデュエルの衝撃を防いでるようだった。
不思議そうに小首を傾げる十代を気にせず、タイタンはデュエルを進める。

「私は場に一枚のカードを伏せ、デスルークデーモンを召喚し、ターンを終了する」

攻撃力1100のデスルークデーモンと攻撃力2500のスカル・デーモンが並んだ。
そして場には一枚の伏せカード。油断できない状況だ。

『クリクリー!』
「絶対に勝てって?もちろんそのつもりだぜ!オレのターン!」

(だがオレのライフはもう600だけ・・・。次のターンでヤツの攻撃を受け切れなかったら負けだ)

敗北の可能性を見据えつつも十代はワクワクしていた。
何故かは分からないが十代のネックだったデュエルの痛みがない今、最高に楽しいと感じていた。
死の危険がないディスクデュエルを十代は待ち望んでいた。それが今この瞬間叶ったのだ。

「オレはスパークマンを攻撃表示に変更!そして、装備魔法『スパークガン』を装備!このカードは場のモンスター一体の表示形式を変更させる!『スパークガン』の弾丸は三発!弾丸が尽きた時、このカードを破壊する!」
「スカル・デーモンの表示形式を変更すればぁ、守備力1200。確かに破壊は出来るが、その効果ははたして通るかなぁ?」
「いや、スカル・デーモンには攻撃しない。オレはデスルークデーモンを攻撃!スパークフラッシュ!」

終盤となり様子がおかしくなっていたタイタンは理性を失っていたのか無駄に攻撃表示でデスルークデーモンを召喚して隙を見せていた。
十代はそれを見逃さなかった。
タイタンのLPを500削り取りつつ、身を守る事も忘れない。

「そして、『スパークガン』の特殊効果発動!スパークマンを守備表示に変更!」
「なるほどぉ・・・。自分の守りに使うか。お前のエンドフェイズに私は(トラップ)カード『血の刻印』を発動する。そして私のターンだぁ。この瞬間、永続(トラップ)『血の刻印』の効果により、スカル・デーモンの維持コスト500ポイントが私と貴様のライフから引かれる」

LPが残り100となったことで十代の足元で蠢くぶよぶよが活発になった。
ハネクリボーが甲高く鳴いて威嚇し、十代を守る。

「安心しろ、ハネクリボー。オレはまだ、諦めたワケじゃない!」
「スカル・デーモン!スパークマンを攻撃!怒髪天衝撃!」

守備表示のスパークマンが十代を守り、ダメージは通らない。

「さらに私はカードを一枚伏せる。魔法(マジック)カード『ダブルマジック』を発動する。手札から魔法(マジック)カードを一枚捨てる事により、相手の墓地の魔法(マジック)カードを一枚、使用する事が出来る・・・。私がお前の墓地から使うカードは『非常食』。場の伏せカードを破壊し、私は1000ポイントのライフを回復する。お前の手札は0。次のターンでスカル・デーモンを倒せなければ、『血の刻印』の効果でお前のライフは0。お前の魂は魔物たちの生贄となる」

タイタンのLPは回復した事で1400ある。維持コストで敗北するのは十代だけだ。
ハネクリボーが十代を鼓舞するように鳴いた。
十代はそれに頷く。

「分かってるぜ!このドローに勝敗が懸かってる事を!オレはE・HEROバブルマンを特殊召喚!」

十代が手札に引き寄せたのは攻撃力800の頼りない泡のヒーロー。
しかしピンチの時にこそ力を発揮するという十代が信頼するヒーローだった。

「このカードは手札がこの一枚だけの時、場に特殊召喚する事が出来る。そして召喚に成功し、自分のフィールド上にカードがない時、デッキからカードを二枚ドロー出来る!」

十代は二枚のカードを見て、改心の笑みを浮かべる。

「さらに魔法(マジック)カード『バブル・シャッフル』発動!バブルマンと相手モンスター一体を守備表示にし、バブルマンを生贄捧げる事で、手札のE・HEROを召喚出来る!」
「だが、カウンター効果ぁ。スカル・デーモンの特殊能力を発動。ルーレットの目1・3・5が出た場合、その効果を無効とし破壊する」
「確率は2分の1・・・」

今まではタイタンのインチキでルーレットの目は自在に操られていた。
だが現在行われているのは本物の闇のゲーム。
厳粛なるデュエルに偽りなど通用しない。
止まった目は2!

「ん何ぃッ!!?」
「お前の運は使い果たしたようだなぁ!いでよ!エッジマン!」

十代が引いた二枚目のカードは攻撃力2600の黄金のヒーロー。
そしてエッジマンは攻撃力が高いだけのヒーローではない。

「エッジマンは守備モンスターを攻撃した時には、守備力を上回った分だけ、相手プレイヤーにダメージを与える事が出来る!」

今やスカル・デーモンは守備力1200の脆い壁。
エッジマンの敵ではない。

「いけ!エッジマン!パワー・エッジ・アタァック!」
「くぁぁ!」

タイタンのLPが0となった時、周りで蠢めいてデュエルの勝敗を待っていたぶよぶよが一斉に襲い掛かった。

「んんぬぅお!な、何をする!?馬鹿なぁ!本当に闇のゲームはあるというのか!?」
「おー!すっげー!アレどうなってんだ?」

もはやぶよぶよに埋め尽くされ姿が見えないタイタンを指差して十代はハネクリボーに聞く。

『クリクリー!』
「すげーなぁ」

自業自得だと言いたげにハネクリボーは鳴くと、ついて来いと背を向けて飛んだ。

『クリー!クリクリー!』
「あそこへ行けってのか?分かった、出口なんだな!」

十代はハネクリボーを信じて闇で見えない先へと飛び込んだ。
すると裂け目が生じて十代はその勢いのまま地面に落ち、尻餅をついた。

「あぁっ・・・ととッ」

打ち付けた尻の痛みに十代が呻いていると翔と隼人が駆け寄ってくる。

「アニキー!」
「十代!」
『クリクリー!』
「ん?今の声・・・」

十代が生きていた事にホッと安堵する翔と隼人。
そんな二人にハネクリボーが無事だったよと言うように鳴いた。
それは本来なら聞こえないカードの声。
しかし隼人の耳には何故か届いた。
訝しげに辺りを見回すと黒の球体がバチバチと音を立てて収縮を始めているのに気付く。

「伏せろぉ!」

吸い込まれたらマズイと身を伏せる翔と隼人。
十代は重い物にしがみ付こうと明日香が入った棺桶に掴まった。
そして最大に収縮し、爆発するかと思われた瞬間、ヒラヒラと紙吹雪が辺りに散った。

「おお!今度はまるでタネが分からねぇ!」

十代は感動して手をパチパチと叩く。
無邪気に喜ぶ十代の横で隼人は先程のデュエルモンスターの声に思いを馳せていた。
翔はというと周りを見渡してタイタンがいない事に不思議そうな顔をしていた。

「アニキぃ・・・アイツ、どこに行ったんですか?」
「デュエルに負けたら慌てて帰ってったぜ。そういや最後のルーレットは外れてたけど・・・そのタネも分かんねぇ」











「ンフフフゥ。今頃遊城十代がこてんこてんになってるハァズ」

グフグフと笑うクロノス。
どうやら頃合いかと思って様子を窺いに廃寮へと来たようだ。
しかし懐中電灯で周りを照らしても人っ子一人いない。
そう。十代たちはとっくの前に明日香を回収して外に出ていたのだ。

「誰もいない。さてはあのヤロー失敗したノーネ・・・!」

何か痕跡はないかとクロノスは床を照らすと一枚の紙が落ちていた。
拾い上げた紙はタイタンの遺留品だった。

「ん?領収書・・・クロノス・デ・メディチ様。ふむ・・・。金は払ってないけど貰っとくか、アラビアータ」












その頃、廃寮から離れた森の中。
朝日が昇り、その眩しさで気を失っていた明日香が目を覚ました。

「気が付いたか」

切り株に寄り掛かっていた明日香は覇王、翔、隼人が座って自分を見つめていた事に首を傾げた。

「あなたたち、どうしてここに?」
「十代が迷惑を掛けたな。安心しろ。お前を襲ったヤツはもういない」
「じゃ・・・あなたたちが?」

自分を襲った大男を思い出して、明日香の顔が青ざめた。
あんな恐ろしそうなヤツを三人だけで追い払ってしまうなんて無茶をするわと驚いていると覇王が懐からエトワール・サイバーのカードと写真立てを取り出し明日香に突き出した。

「詫びだ。受け取れ」
「兄さん!間違いない。これは兄さんのサイン・・・!兄さんはいつも、シャレて天上院の天を数字で書いてた・・・」
「お前の兄の話を聞いて、十代がこれを見つけた」
「それって私の為に・・・?」
「・・・」

覇王はその質問には答えず、立ち去っていく。
翔と隼人はその後ろ姿をぼんやりと眺めていたが鶏の鳴き声が耳に入って慌てて立ち上がった。

「ヤバいんだなぁ!皆が起き出す前に戻らないと!」
「明日香さん、それじゃ!」

覇王を追い駆ける二人を見送り、明日香は手の中の物に視線を落とす。

(遊城十代・・・覇王・・・おせっかいなヤツ・・・)

朝日に照らされて輝く写真立てを見つめ、明日香は知らず知らずのうちに笑みを浮かべるのだった。