深夜、明日香は灯台を目指し歩いていた。
今日は霧が深くて普段だったら出歩かないのだが、どうしても話したい事が出来たのだ。
いつも灯台で兄を・・・親友を想う兄代わりの男に昨日の夜に起きた事を話したい。
廃寮で手に入れた写真を顔の前に掲げ、明日香は微笑む。
その時、灯台がある方角からチラリと赤い人の形をしたものが見えた。
明日香は写真を下ろし、もう一度見えないかと目を凝らすが、霧のせいで灯台のぼんやりとした灯りしか見えなかった。
(気のせいかしら?)
疲れているのかも知れない。昨日からあまり寝れていないせいだ。
今日は伝えたい事を話したらすぐに帰ろう。
明日香はそう思うと灯台へと足を進めた。
「・・・亮」
水平線の向こう側を見るような遠い目をしたオベリスク・ブルーの制服を着た美青年がいた。
その男は入試デュエルを明日香と共に見学していた男であった。
腕を組んで立つその男の傍まで歩き、明日香も同じ方向を見る。
「夜明けはまだ遠そうだな・・・」
「ええ。でも、明けない夜はない・・・。そう信じてる」
今はまだ真相は闇の中で兄の行方は分からない。
しかし、兄の写真という小さな光を手に入れたのだ。
夜から朝に変わるように、この光は明日香の闇を照らし、消し去っていく。
兄の生存を信じる心を支えてくれる希望の写真を明日香は強く握った。
レッド寮の早朝。
土曜日は授業がないゆえに生徒たちは深い眠りについていた。
切り立った崖に打ち付ける波の音しか聞こえない静かな朝。
しかし、平和な学園に似合わない軍用車の走る音でその静寂は破られた。
レッド寮の前に車を横付けると中から軍人たちがぞろぞろと出てくる。
軍人たちは錆びた階段を上り、二階へと駆け上がっていく。
「誰ですのにゃ〜・・・」
「ニャァ?」
「んもう廊下を走ったらダメぇ、床が抜けるぅ、んにゃ?」
ブーツが階段を踏みしめる固い音で一階の寮長室で寝ていた大徳寺とファラオが外に出てきた。
白い丸の中に眠という漢字一文字がポイントの灰色トレーナーと白いズボンという寝巻のままだ。
眠たそうに目を握った左手で擦りながら階段の方に視線を向ける。
大徳寺が見た時には既に軍人たちは通り過ぎており、その後ろにいた紺のマントと緑の制服を着た男が駆け上がっているトコロだった。
緑の制服は学生が着れない特別な物。
大徳寺は驚いたように仰け反って叫ぶ。
「な、泣く子も黙るアカデミア倫理委員会?睨まれたら退学間違いなしの方々が、ど、どうしてうちの寮に!?」
「クロノスの仕業だな」
「ひぇぇっ!!」
近くで聞こえた声に大徳寺は飛び上がった。
慌てて横を見ると釣り道具を持った覇王が二階を見上げながら立っている。
いつの間に傍にいたのか。
「アカデミア倫理委員会か。なるほど、二重の手を打っていたのか」
「えぇっと、覇王くん?クロノス教諭の仕業って何の事ですにゃ?それに二重の手っていったい・・・」
「詮索はなしだ、大徳寺。後始末はオレがつける。これで食事の準備をしておけ」
「わっ、とと!お魚用意してくれて嬉しいけど、先生この事態の説明の方が嬉しいのにゃぁ!」
大徳寺の声をあえて無視し、覇王は釣り道具を押し付けると二階へと上っていく。
そこでは自分たちの部屋のドアをベレー帽を被った緑の制服、紺マントの女が荒々しく叩いていた。
「開けろ!ここを開けるんだ!開けろ!開けろ!!速やかに開けないとこのドアを爆破する!」
「ばっ、爆破って!?ちょっと待って!」
爆破という脅しに寝巻のジャージを着たままの翔が慌てて部屋の中から飛び出す。
翔の顔を見下ろし、倫理委員の女が訊ねた。
「丸藤翔。遊城十代はどこだ」
「え、アニキは・・・」
「ここにいる」
部屋の周りを固めていた軍人たちが一斉に声の方へと振り返った。
覇王は随分と近くにいたのに気配を感じ取れなかった事で、軍人たちに動揺が走る。
「・・・首謀者、遊城十代だな。お前たちを査問委員会まで連行する」
「応じよう」
「え?何が何だかさっぱりなんスけど・・・」
場所は変わってデュエルアカデミアの査問委員会の会議室。
制服に着替えた覇王と翔は軍人たちにこの部屋へ連行されていた。
部屋の真ん中に立ち、モニターで中継された教師陣と倫理委員から衝撃の事実を聞かされる。
「えぇぇっ!?退学?」
「昨日未明、遊城十代以下二名は、閉鎖され、立ち入り禁止となっている特別寮に入り込み、内部を荒らした。調べはついている!」
「事実であると認めよう」
「えぇ!?ちょ、素直に認めちゃダメっスよ!何でも言う事聞くのでチャンスくださいぃぃぃ!!」
「ならば、別のペナルティーの方法を提案するーノ!それは!制裁タッグデュエル!」
「制裁、タッグデュエル?」
翔が訝しげに聞き返した。
「そのトーリ!遊城十代と丸藤翔!キミたち二人がタッグを組み、デュエルするーノネ。デュエルに勝利したら無罪放メーンなノーネ!」
「タッグデュエルか。まだ実技授業で行われていない内容だからオレたちが慣れていないと判断した。そのお前の考え、見え透いているぞ」
「ななな!うるさいノーネ!」
「まぁいい。受けて立つ」
「えぇー、マズイっスよ!」
「校長!本人も納得したようデースが?」
覇王の挑発にクロノスは表情を歪めたが、自分の提案を受け入れた事で調子を取り戻し、校長に判断を促した。
「うぅむ。ならば仕方あるまい・・・」
「負けたら即退学!制裁タッグデュエルの対戦アイーテは、おってワタシから発表するーノネ!」
レッド寮に帰ってきた二人から今回の話を聞いた隼人は校長へ直談判しにやってきた。
どう考えてもおかしいのだ。
あの廃寮はもうずっと放っておかれていて内部の調査なんて隼人の在学中行っていない程だ。
それなのにどうして昨日の今日でバレたのだ。
しかもタイタンという謎の不審人物。あの大男は十代だけを狙っていた。
まるで誰かが十代と覇王を罠にはめようとしていたようだ。
しかし、それを企んだ人物がいたとしても立ち入り禁止区域に入ったのは事実。
罰を受けるのは回避しようがない。だとしても、どうにかこちらに有利な状況に持ち込まなければならない。
「お、俺もあの寮にいたんです・・・」
「んん・・・」
「だ、だから、俺が十代とタッグを組みます!」
「私も現場にいました」
翔よりまだタッグデュエルを実技でやった事のある自分の方がマシだと思い、頼みこむ隼人。
そこへ、明日香も遅れてやってきた。
明日香にもこの事態を知らせるべきだと思い、隼人が連絡しておいたのだ。
「私にタッグを組ませて下さい」
「お、俺、自分で自分の事、駄目だと思ってました。でも、十代のデュエル見てて、俺、もう一度デュエルに取り組んでみようって!」
これまで留年する程デュエルに対してやる気を失くしていた隼人の言葉に鮫島は笑顔を浮かべる。
「アイツに関わるとみんなちょっと変になっちゃうみたいで」
「うぅむ。君たちの気持ちはよく分かった。しかし、遊城くんと丸藤君のタッグは、査問委員会で決まった事なんだ・・・」
校長の申し訳なさそうな姿を見て、隼人と明日香は芳しくない結果に眉を下げて見つめ合ったのだった。
それから仕方なくレッド寮に戻った隼人はため息を吐いて自室のドアを開けた。
隼人が帰ってくるのを待っていたのか、翔が隼人に泣き付いた。
「ボクなんかじゃダメだぁ〜!絶対負けて退学だ〜!!隼人君、ボクと代わってくれよぉ〜!うっううぅぅぅ!」
「そう思ったんだけどぉ、査問委員会で決まった事は、変えられないんだなぁ・・・」
「いらん心配だ、前田。十代を退学になどオレがさせん」
机の上にデッキを広げて調整をしている覇王は、翔と隼人の心配なんてどこ吹く風とでも言わんばかりの態度だった。
気負う様子もない覇王に翔は詰め寄る。
「覇王はそんな簡単に言うけど、タッグデュエルなんてやった事あるの?」
「ない。だが、経験がないからと言ってお前はやる前から諦めるのか」
「そ、それは〜・・・」
「お前が本当に十代の弟分なら、弱気を出さずに根性があるトコロを見せて欲しいものだ」
「ぅ・・・」
通告を受けてから取り乱した情けない姿しか翔は晒していない。
覇王の言葉に翔は口篭ってしまった。
そんな翔を覇王は見遣り、デッキを手に立ち上がった。
「お前がまともにデュエルしている所を見た覚えがない。お前の特性、腕前、どれ程のモノか試させてもらおう」