瞳に力が漲り出した翔を見て明日香は小さく微笑んだ。

「隼人君の声援で、やる気を取り戻したみたいね」
「え!俺ぇ、自分が駄目だからぁ、駄目になっちゃう人間の気持ちが、分かるような気がするんだな」
「フニャー」
「人の気持ちが分かるのは、きっとあなたが、自分で思っているような駄目な人間じゃないからよ」
「そんなぁ」

隼人は明日香の言葉にテレて頬を赤くした。

「ドロー!」

翔が引いたカードは『強欲な壺』だった。
手札は五枚。モンスターカードはスチームロイドとジャイロイドの二枚。
手札のモンスターじゃ覇王には勝てない・・・。

「手札から魔法カード『強欲な壺』を発動!自分のデッキからカードを二枚引き、引いた後で『強欲な壺』は破壊される!」

翔が引いたカードは『融合』、そして翔にとって悲しい記憶を甦らせるカードだった。

(あぁ!『パワー・ボンド』・・・!)

覇王はまた一段と様子がおかしくなった翔に気付いた。
ジッと観察する覇王に気付かず、翔は自分の思い出に囚われていく。







パワー・ボンドは『融合』として扱われるけど、特殊召喚された機械族の融合モンスターの攻撃力を二倍に出来るんだ。 でも、このカードはお兄さんからまだ使ってはいけないと封印されているカード・・・。
あの日小学生だったボクは、いじめっ子のゴリ介とデュエルをしていた。
それはいつものイジワルをデュエルで見返してやれるチャンスだった。
あの時のボクのLPは1600。ゴリ介のLPは1900だった。

「へっへっへっへっへ・・・」
「ボ、ボクのターン!ドロー!」

引いた!お兄さんからもらった『パワー・ボンド』だ!これさえ引けばこっちのモンだ!
よし!『パワー・ボンド』を使って、スチームジャイロイドを特殊召喚すれば、その攻撃力は二倍になるんだから、攻撃力は4400! ギアフリードの1800をひいて、ゴリ介に2600のダメージを与えて大勝利だ!
いじめっ子のゴリ介の泣きっ面が見られるぞ!

「何だオメー?よっぽど良いカードでもドローしたのかぁ?気持ち悪いヤツだな」
「アッハッハッハ!ゴリ介君!今までさんざんボクをバカにしてイジワルしてくれたじゃないか。しかし!今そのパワーバランスが大きくくずれることになるー!」
「何ィ?」
「たじろぐがいい!ビビるがいい!ひれふすがいい!このおくびょうゴリラ!」
「テメー!そこまで言ってもしオメーが負けたら、ただじゃすまねぇぞ!」
「ハッハッハッハッハ!その時はハダカで逆立ちして、校庭を一周してみせるさ!」
「よぅし、男の約束だぜ」
「へへへへ!ゴリラの泣き顔を見せてもらうよ!見るがいい!お兄さんにもらったボクのキラーカードだー!!」

そしてボクはゴリ介に自慢のカードの威力を見せ付けようとしたんだ。
だけど・・・

「待て!」
「うわぁ!?誰だ!邪魔すんのは!?」
「キミ。悪いがコレあげるからこのデュエルはなかった事にしてくれ」
「は・・・!亮兄さん・・・!」

そこでお兄さんが止めに入ってきたんだ。

「ふへへ。やめてあげてもいいけど?」
「どうしてとめるんだ!このターンでボクの勝利なのにー!」
「お前には、まだそのカードを使う資格はない」
「え・・・」
「お前がデュエリストと呼ぶに相応しい力量になるまで、そのカードは封印する」
「どうして?どうしてだよ!」

ボクは自分の勝利は揺るぎないと思い込んでいた。
だからたとえ尊敬するお兄さんだろうと突然の乱入、封印という言葉をボクには受け入れられなかった。
その態度で更にお兄さんが失望しているなんてあの時のボクは気付けなかった。

「どうしても理解出来ないのか・・・。ならば場に伏せてあったこのカードを見るがいい」
「『六芒星の呪縛』・・・!」
「このカードがフィールド上に存在する限り、指定した相手モンスターは攻撃できず、表示形式も変更出来ない」
「あぁ・・・」
「『パワー・ボンド』で特殊召喚された融合モンスターの攻撃力は二倍になる。しかし、そのリスクとしてプレイヤーはそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを自分のターンのエンドフェイズに受ける」
「っ!」
「もしスチームジャイロイドを特殊召喚していても、その攻撃は通らないばかりか、『パワー・ボンド』のリスクで逆にその元々の攻撃力分のダメージを受けて、お前は負けていた」
「ぅぅ・・・うっぅ・・・」

何もかもがダメだったんだ。
ボクはあの時、お兄さんの言葉に膝をついて項垂れた・・・。
あれからボクとお兄さんの間に明確な壁が出来てしまった。
お兄さんに認められるデュエリストとして、ボクは未だに成長出来ていない・・・。
だってもう分からないんだ。どうすれば強くなれるの?どうすれば認めてくれるの?
ボクにはこのカードを使う資格がない。まだこのカードは封印されたままなんだ・・・。
突然震え出した翔を見て、覇王は眉間に皺を寄せた。

「丸藤!お前の実力はこの程度なのか!」
「あ・・・。手札から魔法カード発動!『融合』!」

我に返った翔は『融合』のカードを使う。
『パワー・ボンド』は翔の手札の中に埋もれてしまった。

「見ててよ覇王!今度はボクの融合モンスターでお返しだ!手札のジャイロイドとスチームロイドを融合!スチームジャイロイドを融合召喚!」

攻撃力2200の翔のフェイバリットモンスターが場に召喚された。
機関車の胴体にプロペラが取り付けられたロイドである。

「バトルだ!ハリケーンスモーク!」

スチームジャイロイドは台風のような煙を巻き起こし、フェザーマンの視界を遮る。
ゴホゴホと咳き込むフェザーマンへと闇討ちするように体当たり攻撃をする。
「ターンエンド!どうだ覇王!少しはまいったか!」

フェザーマンは破壊され、覇王のLPが2800へと下がった。
しかし、覇王は翔の期待する動揺した表情など欠片も現さない。

「少しはオレに立ち向かう気になったか、丸藤」
「あ、あ・・・うん・・・」
「だが、お前の闘志に火が点くのは遅かった。オレのターン、ドロー。手札から魔法カード『融合』を発動。スパークマン、そしてクレイマン・・・お前たちの力で新たなる力を呼び出させてもらう」

覇王の言葉に場に出現した二人のヒーローが頷く。
空に浮かぶ融合の渦に二人が飛び込むと、稲光が走った。

「E・HEROサンダー・ジャイアントを召喚」

暗雲から雷の巨人がゆっくりと降り立つ。
雷鳴が鳴り響き、隼人の腕の中にいたファラオが怖がって逃げ出した。

「あっ!」
「これで勝負は決まったわ・・・」
「どうして?まだ、翔がんばってるじゃないかぁ」
「サンダー・ジャイアントは、元々の攻撃力がこのカードの攻撃力よりも低いモンスターを一体、破壊する」
「え?それじゃあ・・・」

サンダー・ジャイアントの攻撃力は2400。効果は充分適用される。

「ヴェイパー・スパーク!」

覇王が空を指差すとサンダー・ジャイアントも同じように空を指差した。
その指先から雷撃が撃ち出され、空から雷の雨がスチームジャイロイドに降り注ぐ。
それに耐え切れずスチームジャイロイドは爆散する。

「あぁ!ボクのフェイバリットカードが!?」
「さらに、手札よりE・HEROバーストレディを召喚」

攻撃力1200のE・HERO紅一点が場に現れた。
二人のヒーローが翔に拳をむける。

「プレイヤーにダイレクトアタック!ボルティック・サンダー!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「さらにダイレクトアタック。バーストファイアー!」
「うわッ・・・!うくっ・・・うわぁぁあああ!!」

バーストレディの放った炎に翔は悲鳴を上げて転げまわる。
LPは0。翔の負けだ。

「やっぱボク、駄目だぁ・・・。タッグデュエルに勝つなんて無理だよぉー・・・」
「最初と最後の体たらくは酷いものだった。だが、前田の声援で闘志を燃やした時のお前は可能性を秘めていたぞ」
「でも・・・」
「お前、カードを引いた時に普通の状態ではなかっただろう。手札を見せてみろ」

翔があっと言う間に手札を取った覇王は確認する。

「・・・どうして『パワー・ボンド』を使わなかった」

お前の実力、全てオレに見せてみろと言わなかったかと睨む覇王に翔は項垂れた。

「もし使っていれば攻撃力は二倍。スチームジャイロイドは4400となり、オレを追い詰める事が出来ただろう」
「やっちゃダメなんだ!お兄さんから封印されているカードなんだ!やっぱりボクじゃ覇王とタッグを組むなんて!無理なんだよっ!」

翔は今にも泣き出しそうな顔をして叫んだ。
手札を覇王から奪うと一目散にこの場を後にする。

「翔!」

駆け去っていく翔を放っておけず、隼人は追い駆けていった。
その背を見送った明日香は崖下を見下ろす。

「いつもは徹底的に叩きのめすあなたが、今日はどうしたの?なんだか翔君を成長させようとしてるみたいだったわ」

下まで下りた明日香は一人佇む覇王にそう尋ねた。
自分の横に立つ明日香に対し、覇王は口を開く。

「・・・アレは傲慢で他者の状況を慮らない。そして自分の都合に悪ければ途端に気弱になる。人としても、デュエリストとしても、最低な男だ」
「随分な酷評ね。それなのにどうして翔君を見捨てないの?あなたなら翔君を上手く誘導しながらタッグデュエルを行う事だって出来るはず。わざわざこんな面倒な真似をしなくても・・・」」
「アレの気質は、いつか十代にとって災いとなる。そうなる前に矯正しておくべきだからだ」
「そう・・・。分かったわ。でも、結果はあまり良くなかったみたいね」
「ああ。だが、アレの性格がああなった原因は兄にあるとみた。アレは兄を思い出す時、異様に委縮している。去り際に『パワー・ボンド』は兄に封印されていて使えないなどとも言っていたしな」
「ぁ・・・」
「何だ」
「翔君には、本当のお兄さんがいるの。しかも、この学園にね」
「丸藤亮。三年のオベリスク・ブルーのトップ。デュエルアカデミアの帝王、カイザーと呼称される男」
「知っていたの?」
「調べれば分かる事だ」

覇王はそう言うと海を眺めて黙り込む。
その横顔は静謐で・・・何を考えているのか悟らせず、明日香はただ見つめるしかなかった。

「やはりあの男とは一度デュエルしなければならない」
「えっ?覇王!あなた分かってるんでしょう?丸藤亮は三年の・・・」
「デュエルに立場など関係ない。そして相手の強さも」

覇王・・・あなたって人は・・・面白過ぎる。
このデュエルアカデミアのルールを撥ね退ける強さを持つ者など今まで見た事がない。
明日香がそう思う横で、覇王は静かに闘志を漲らせていた。